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深き事かなと淚をさへなむ落し侍りし。今思ふにはいとかるがるしく事さらびたることなり。志深からむ男をおきて見る目の前につらき事ありとも人の心を見知らぬやうに逃げ隱れて人を惑はし心をも見むとする程に、長き世の物思ひになる、いとあぢきなき事なり。心深しやなど譽めたてられて、あはれ進みぬればやがて尼になりぬかし。思ひ立つ程はいと心澄めるやうにて世にかへりみすべくも思へらず。いであな悲し、かくはたおぼしなりにけるよなどやうにあひ知れる人來訪らひ、ひたすらに憂しとも思ひ離れぬ男聞きつけて淚おとせば、使ふ人古御達など、君の御心は哀なりけるものをあたら御身をなどいふに、みづから額髮をかき探りて、あへなく心ぼそければうちひそみぬかし。忍ぶれど淚こぼれそめぬれば折々ごとにえ念じえず悔しき事も多かめるに、佛もなかなか心ぎたなしと見給ひつべし。獨にしめるほどよりも、なまうかびにてはかへりて惡しき道にも漂ひぬべくぞ覺ゆる。絕えぬ宿世淺からで尼にもなさで尋ねとりたらむも、やがてその思ひいでうらめしきふしあらざらむや。惡しくも善くもあひそひて、とあらむ折もかゝらむきざみをも見過ぐしたらむ中こそ契深くあはれならめ。我も人も後めたき心おかれじやは。又なのめにうつろふ方あらむ人を恨みて氣色ばみ背かむ、はたをこがましかりなむ。心は移ろふ方ありとも見そめし志いとほしく思はゞ、さる方のよすがに思ひてもありぬるべきに、さやうならむたじろきに絕えぬべきわざなり。すべて萬の事なだらかに、怨ずべき事をば見知れるさまにほのめかし、恨むべからむふしをもにくからずかすめなさば、それにつきて哀も增りぬべし。多くは我が心も見る人