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うちに參り給ふ上達部などもすべて道とぢて政も絕えてなむ待る」などはかばかしうもあらずかたくなしう語りなせど、京の方のことゝ思せばいぶかしうて御まへに召し出でゝ問はせ給ふ。「唯例の雨のをやみなく降りて風は時々吹き出でつゝ日頃になり侍るを、例ならぬことに驚き侍るなり。いとかくちの底通るばかりのひふり、いかづちのしづまらぬことは侍らざりき」などいみじきさまに驚きおぢてをる顏のいとからきにも心細さまさりける。かくしつゝ世は盡きぬべきにやと思さるゝにその又の日の曉より風いみじう吹き潮高う滿ちて浪の音あらきこと巖ほも山も殘るまじぎ氣色なり。神の鳴り閃くさま更にいはむかたなくて落ちかゝりぬとおぼゆるに有るかぎりさかしき人なし。「我はいかなる罪を犯してかく悲しきめを見るらむ。父母にもあひ見ず悲しきめこの顏をも見て死ぬべきこと」となげく。君は御心をしづめて、何ばかりのあやまちにてかこの渚に命をば極めむと、强うおぼしなせどいと物さわがしければいろいろのみてぐら捧げさせ給ひて、「住吉の神近き境をしづめ守り給へ。まことに跡を垂れ給ふ神ならば助け給へ」と多くの大願を立て給ふ。おのおの自らの命をばさるものにてかゝる御身のまたなき例に沈み給ひぬべきことのいみじう悲しきに心を起して少し物覺ゆるかぎりは「身を代へてこの御身一つを救ひ奉らむ」ととよみて諸聲にほとけ神を念じ奉る。「帝王の深き宮に養はれ給ひていろいろのたのしみに驕り給ひしかど深き御うつくしみ大八洲に普く沈めるともがらをこそ多くうかべ給ひしか。今何のむくいにかこゝら橫さまなる波風にはおぼゝれ給はむ。天地ことわり給へ。罪なくて罪にあた