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近くて見む人の聞きわき思ひ知るべからむに、語りも合せばやとうちも笑まれ淚もさしぐみ、もしはあやなきおほやけばらだゝしく心ひとつに思ひあまる事などおほかるを、何にかは聞かせむと思へばうち背かれて人知れぬ思ひいで笑もせられ、哀ともうちひとりごたるゝに、何事ぞなどあはつかにさしあふぎ居たらむはいかゞは口惜しからぬ。唯ひたぶるに子めきて柔かならむ人を、とかく引き繕ひてはなどか見ざらむ。心もとなくとも直し所ある心地すべし。實にさし向ひて見む程は、さてもらうたき方に罪免し見るべきを、立ち離れてはさるべき事をも言ひやり折節にし出でむわざのあだごとにもまめごとにも我が心と思ひ得る事なく深きいたりなからむはいと口惜しくたのもしげなき咎や猶苦しからむ。常は少しそばそばしく、心づきなき人の、折節につけていでばえするやうもありかし」など、隈なき物言ひも定めかねていたくうち歎く。「今は唯しなにもよらじ。かたちをば更にもいはじ。いと口惜しくねぢけがましきおぼえだになくば唯偏に物まめやかに靜なる心のおもむきならむよるべをぞ遂のたのみ所には思ひ置くべかりける。あまりの故由心ばへうち添へたらむをばよろこびに思ひ、少し後れたる方あらむをもあながちに求め加へじ。後安くのどけき所だに强くはうはべのなさけはおのづからもてつけべきわざをや。艷に物耻して恨みいふべき事をも見知らぬさまに忍びて、上はつれなく操作りて、心一つに思ひ餘る時は言はむ方なくすごき言の葉哀なる歌を詠み置き、忍ばるべきかたみを留めて深き山里世はなれたる海づらなどにははひ隱れぬかし。童に侍りし時女房などの物語讀みしを聞きて、いと哀に悲しく心