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まひにいかでかは打ち具してはつきなからむさまを思ひ返し給ふ。所につけては萬の事さまかはり見給へ知らぬしもびとのうへをも、見給ひならはぬ御心ちにめざましうかたじけなうみづからおぼさる。煙のいと近く時々たちくるをこれや海士の鹽燒くならむとおぼしわたるは、おはしますうしろの山に柴といふものふすぶるなりけり。めづらかにて、

 「山がつのいほりにたけるしばしばもことゝひこなむ戀ふるさと人」。冬になりて雪ふり荒れたる頃、空の氣色もことに凄く眺め給ひてきんを彈きすさび給ひて、良淸に歌うたはせ大輔橫笛吹きて遊び給ふ。心留めてあはれなる手など彈き給へるにことものゝ聲どもはやめて淚をのごひあへり。むかし胡の國に遣しけむ女をおぼしやりてましていかばかりなりけむ、この世に我が思ひ聞ゆる人などをさやうに放ちやりたらむことなど思ふも、あらむ事のやうにゆゝしくて「霜の後の夢」とずし給ふ。月いとあかうさし入りてはかなき旅のおまし所は奧までくまなし。ゆかの上に夜深き空も見ゆ。入方の月すごく見ゆるに「唯これ西に行くなり」とひとりごち給ひて、

 「いづかたの雲路にわれもまよひなむ月の見るらむこともはづかし」とひとりごち給ひて例のまどろまれぬあかつきの空に千鳥いとあはれになく。

 「とも千鳥もろごゑになくあかつきはひとりねざめのとこもたのもし」。また起きたる人もなければ返す返すひとりごちて臥し給へり。夜深く御てうづまゐりて御念誦などし給ふも珍しきことのやうにめでたくのみおぼえ給へばえ見奉り捨てず、家にあからさまにもえ