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り恨み奉れど、身を捨てゝとぶらひ參らむにも何のかひかはと思ふにや。かゝる折は人わろくうらめしき人多く世の中はあぢきなきものかなとのみ萬につけておぼす。その日は女君に御物語のどやかに聞え暮し給ひて、例の夜深く出で給ふ。假の御ぞなど旅の御よそひいたくやつし給ひて「月出でにけりな、猶少し出でゝ見だに送り給へかし。いかに聞ゆべき事多くつもりにけりとのみおほえむとすらむ。一日二日たまさかに隔つる折だに怪しういぶせき心地するものを」とて御簾まき上げて端の方にいざなひ聞え給へば、女君泣きしづみ給へる、ためらひてゐざり出で給へる。月影〈にイ有〉いみじうをかしげにて居給へり。我が身かくてはかなき世を別れなばいかなるさまにさすらひ給はむと後めたく悲しけれど、おぼしいりたるがいとゞしかるべければ、

 「いける世のわかれを知らで契りつゝ命を人にかぎりけるかな。はかなしなどあさはかに聞えなし給へば、

 「をしからぬ命にかへて目の前の心かれをしばしとゞめてしがな」。げにさぞおぼさるらむといと見拾て難けれど、明けはてなばはしたなかるべきにより急ぎ出で給ひぬ。道すがら面影につとそひて胸もふたがりながら御船に乘り給ひぬ。日長き頃なれば、追風さへそひてまだ申の時ばかりにかの浦に着き給ひぬ。かりそめの道にてもかゝる旅をならひ給はぬ心地に、心ぼそさもをかしさもめづらかなり。おほえ殿と言ひける所は、いたく荒れて松ばかりぞしるしなりける。