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いつかまた春のみやこの花を見む時うしなへる山がつにして」。櫻の散りすきたる枝につけ給へり。「かくなむと」御覽ぜさすれば、幼き御心地にもまめだちておはします。「御かへしいかゞ物し侍らむ」と啓すれは、「暫し見ぬだに戀しきものを、遠くはましていかにといへかし」とのたまはす。ものはかなの御かへりやとあはれに見奉る。あぢきなきことに御心を碎き給ひし昔の事折々の御有樣思ひ續けらるゝにも、物思ひなくて我も人も過ぐし給ひつベかりける世を、心とおぼし歎きけるを、くやしう我心ひとつにかゝらむことのやうにぞおぼゆる。「御返りは更に聞えさせやり侍らず、おまへには啓し侍りぬ。心細げにおぼし召したる御氣色もいみじうなむ」とそこはかとなく心の亂れけるなるべし。

 「咲きてとく散るはうけれど行く春は花の都を立ちかへりみよ。時しあらば」と聞えて名殘もあはれなる物語をしつゝ、ひと宮のうち忍びて泣きあへり。ひとめも見奉れる人は、かくおぼしくづほれぬる御有樣を歎き惜み聞えぬ人なし。まして常に參り馴れたりしは、知り及び給ふまじきをさめみかはやうどまでもありがたき御かへりみのしたなりつるを暫しにても見奉らぬ程や經むと思ひ歎きたり。大方の世の人も誰かはよろしく思ひ聞えむ。七つになり給ひしよりこのかた、帝の御前によるひる侍ひ給ひて奏し給ふ事のならぬはなかりしかば、この御いたはりにかゝらぬ人なく御德を喜ばぬやはありし。やんごとなき上達部辨官などの中にも多かり。それよりしもは數知らず。思ひ知らぬにはあらねどさしあたりてはいちはやき世を思ひ憚りて參り寄る人もなし。世ゆすりて惜み聞え、したにはおほやけをそし