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ずなりぬ。明日とての暮には院の御墓拜み奉り給ふとて北山へまうで給ふ。曉かけて月出づる比なればまづ入道の宮に參うで給ふ。近き御簾の前におましまゐりて御みづから聞えさせ袷ふ。春宮の御事をいみじくうしろめたきものに思ひ聞え給ふ。かたみに心深きどちの御物語はた萬のあはれまさりけむかし。懷しうめでたき御けはひの昔にかはらぬに、つらかりし御心ばへもかすめ聞えさせまほしけれど今更にうたてとおぼさるべし。我御心にもなかなか今ひときは亂れまさりぬべければ念じかへして「唯かく思ひかけぬ罪に當り侍るも思う給へあはする事の一ふしになむそらおそろしう侍る。をしげなき身はなきになしても宮の御世だに事なくおはしまさば」とのみ聞え給ふぞことわりなるや。宮も皆おぼし知らるゝ事にしあれば御心のみ動きて聞えやり給はず。大將萬の事かき集めおぼしつゞけて泣き給へる氣色、いと盡きせずなまめきたり。「御山に參り侍るを御ことつてや」と聞え給ふにとみに物も聞え給はず、わりなくためらひ給ふ御氣色なり。

 「見しはなくあるは悲しき世のはてを背きしかひもなくなくぞふる」。いみじき御心惑ひどもにおぼし集むることゞもえぞつゞけさせ給はぬ。

 「別れしに悲しきことはつきにしをまたぞこの世のうさはまされる」。月まち出でゝ出で給ふ。御供に唯五六人ばかり、しも人もむつましき限して御馬にてぞおはする。さらなる事なれどありし世の御ありきに異なり。皆いと悲しう思ふ中にかの御禊の日假の御隨身にて仕うまつりし右近のぞうの藏人、うべきかうふりも程すぎつるをつひにみふだけづられて