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ひなど更に具し給はず。あやしの山がつめきてもてなし給ふ。侍ふ人々よりはじめ萬の事皆西の對に聞えわたし給ふ。領じ給ふみ庄御牧より初めてさるべき所々の券など皆奉りおき給ふ。それより外のみくらまちをさめどのなどいふことまで、少納言をはかばかしきものに見置き給へれば、親しきけいしども具してしろしめすべきさまどものたまひあづく。我が御方の中務中將などやうの人々、つれなき御もてなしながら見奉る程こそ慰めつれ、何事につけてかと思へども「命ありてこの世に又歸るやうもあらむを待ちつけむと思はむ人はこなたに侍らへ」とのたまひて、上下皆まう上らせ給ひてさるべきものども品々くばらせ給ふ。若君の御乳母達花散里などにもをかしきさまのはさるものにてまめまめしきすぢにおぼしよらぬことなし。ないしのかみの御許にわりなくして聞え給ふ。「問はせ給はぬもことわりに思ひ給へながら、今はと世を思う給へ侍るほどの憂さもつらさも類なきことにてこそ侍りけれ。

  逢ふ瀨なきなみだの河にしづみしや流るゝみをのはじめなりけむと思ひ給へ出づるのみなむ罪遁れ難う侍りける」道のほどもあやうければこまかには聞え給はず。女いといみじうおぼえ給ひて忍び給へど御袖よりあまるも所せくなむ。

 「なみだ河うかぶみなわも消えぬベし流れて後の瀨をもまたずて」。なくなく亂れかき給へる御手いとをかしげなり。今一度たいめなくてやとおぼすは、猶口惜しけれどおぼし返して憂しとおぼしなすゆかり多くておぼろけならず忍び給へば、いとあながちにも聞え給は