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へり。「自らも聞えまほしきをかきくらすみだり心地ためらひ侍る程に、いと夜深う出でさせ給ふなるも變りたる心地のみし侍るかな。心苦しき人のいぎたなき程は暫しもやすらはせ給はで」と聞え給へれば、うちなき給ひて、

 「鳥部山もえし煙もまがふやとあまの鹽やくうらみにぞゆく」。御かへしともなくうちずし給ひて「曉の別はかうのみやは心づくしなる。思ひしり給へる人もあらむかし」とのたまへば「いつとなく別といふ文字こそうたて侍るなる中にも、けさは猶たぐひあるまじう思ひ給へらるゝ程かな」と鼻聲にてげに淺からず思へり。「聞えさせまほしきことも返すがへす思う給へながら、唯むすぼゝれ侍る程推し量らせ給へ。いぎたなき人は見給へむにつけてもなかなか浮世遁れ難う思ひ給へられぬべければ、心强く思う給へなして急ぎまかで侍り」と聞え給ふ。出で給ふほどを人々覗きて見奉る。入方の月いと明きにいとゞなまめかしう淸らにて物をおぼいたるさま虎狠だにもなきぬべし。ましていはけなくおはせし程より見奉りそめてし人々なれば、たとしへなき御有樣をいみじと思ふ。まことや御かへし。

 「なき人のわかれやいとゞへだゝらむ煙となりし雲居ならでは」。取りそへてあはれのみつきせず出で給ひぬる名殘ゆゝしきまで泣きあへり。殿におはしたれば、我が御方の人々もまどろまざりける氣色にて所々に群れ居て、あさましとのみ世を思へる氣色なり。さぶらひには親しう仕うまつるかぎりは御供に參るべき心まうけして私のわかれ惜むほどにや、人めもなし。さらぬ人はとぶらひ參るも重きとがめあり。煩はしき事まされば所せく集ひし馬