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うちふるまひ給ひて覗き給へるも珍しきにそへて、よそにめなれぬ御さまなればつらさも忘れぬべし。何やかやと例のなつかしく語らひ給ふもおぼさぬ事にはあらざるべし。假にも見給ふかぎりは押しなべてのきはにはあらねばにや。さまざまにつけていふかひなしとおぼさるゝはなければにや。にくげなく我も人もなさけをかはしつゝ過ぐし給ふなりけり。それをあいなしと思ふ人はとかくにかはるもことわりの世のさがと思ひなし給ふ。ありつる垣根もさやうにてありさまかはりにたるあたりなりけり。


須磨

世の中いと煩はしくはしたなきことのみまされば、せめてしらず顏にありへてもこれより優る事もやとおぼしなりぬ。かの須磨は昔こそ人の住かなどもありけれ、今はいと里ばなれ心すごくて海士の家だに稀になど聞き給へど、人しげくひたゝけたらむ住ひはいとほいなかるべし、さりとて都をとほざからむも故里おぼつかなかるべきを、人わろくぞおぼしみだるゝ。萬の事きしかた行く末思ひ續け給ふに悲しき事いとさまざまなり。うきものと思ひ捨てつる世も今はと住み離れなむことをおぼすにはいと捨て難き事多かる中にも、姬君の明暮にそへても思ひ歎き給へるさまの心苦しさは何事にもすぐれてあはれなるを、行きめぐりてもまた逢ひ見むことを必ずとおぼさむにてだに、猶一二日のほどよをよそに明かし暮らす折