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かり給はでいとあまた參り給へり。今日のかうじは心ことにえらせ給へばたきゞこる程よりうち初め、同じういふ言の葉もいみじうたうとし。御子たちも、樣々のほうもち捧げてめぐり給ふに大將殿の御用意など猶似るものなし。常に同じことのやうなれども見奉る度ごとに珍しからむをばいかゞはせむ。はての日は我が御事をけち願にて世を背き給ふよし佛に申させ給ふに皆人々驚き給ひぬ。兵部卿の宮、大將の御心も動きてあさましとおぼす。みこはなかばの程に立ちて入り給ひぬ。心强う覺し立つさまをのたまひてはつる程に山の座主召して忌む事うけ給ふべきよしのたまはす。御をぢの橫川の僧都近う參り給ひてみぐしおろし給ふ程に、宮の內ゆすりてゆゝしう泣き滿ちたり。何となき老い袞へたる人だに今はと世を背く程は怪しうあはれなるわざを、ましてかねて御氣色にも出だし給はざりつる事なればみこもいみじう泣き給ふ。參り給へる人々も大方の事ざまもあはれに尊ければ皆袖ぬらしてぞ歸り給ひける。故院のみ子達は昔の御有樣をおぼし出づるにいとゞあはれに悲しうおぼされて皆とぶらひ聞え給ふを、大將は立ちとまり給ひて聞え出で給ふべき方もなくくれ惑ひておぼさるれど、などかさしもと人見奉るべければみ子など出で給ひぬる後にぞお前に參り給へる。やうやう人しづまりて女房どもなど鼻うちかみつゝ所々に群れ居たり。月はくまなぎに雪の光りあひたる庭の有樣も昔の事思ひやらるゝにいと堪へ難うおぼさるればいとようおぼししづめて、「いかやうにおぼしたゝせ給ひてかう俄には」と聞え給ふ。「今始めて思ひ給ふることにもあらぬを、物騷しきやうなりつれば心亂れぬべく」など例の命