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も心ことに引きつくろひ給へる氣色えんなるを、おまへなる人々誰ばかりならむとつきじろふ。「聞えさせても、かひなきものごりにこそ無下にくづほれにけれ、身のみものうきほどに、

  あひ見ずてしのぶるころの淚をもなべての秋のしぐれとや見る。心の通ふならばいかにながめの空も物忘れし侍らむ」などこまやかになりにけり。かやうに驚し聞ゆるたぐひ多かめれどなさけなからずうち返りごち給ひて御心には深うしまさるべし。

中宮は院の御はての事にうちつゞき御八講のいそぎをさまざまに心づかひせさせ給ひけり。しも月のついたちごろみこ忌なるに雪いたう降りたり。大將殿より宮に聞え給ふ。

 「別れにしけふはくれども見し人に行きあふほどをいつとたのまむ」。いづこにも今日は物悲しうおぼさるゝほどにて御かへりあり。

 「ながらふる程はうけれど行きめぐり今日はその世に逢ふ心ちして」殊につくろひてもあらぬ御書きざまなれどあてにけ高きは思ひなしなるべし。すぢかはり今めかしうはあらねど人にはことに書かせ給へり。今日はこの御事も思ひけちてあはれなる雪の雫にぬれぬれ行ひ給ふ。しはす十餘日ばかり中宮の御はかうなり。いみじうたふとし。日々に供養せさせ給ふ。御經よりはじめ玉の軸羅の表紙ぢすのかぎりも世になきさまにとゝのへさせ給へり。さらぬことの淸らだによのつねならずおはしませばましてことわりなり。佛の御かざり花机のおほひなどまでまことの極樂思ひやらる。初の日は先帝の御れう、次の日は母きさきの御ため、又の日は院の御れう、五卷の日なれば上達部なども世のつゝましさをえしも憚