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れと見奉り給ふ。かんの君の御ことも猶絕えぬさまにきこしめし氣色御覽ずる折もあれど何かは今始めたる事ならばこそあらめ、ありそめにけることなればさも心かはさむに似げなかるまじき人のあはひなりかしとぞおぼしなして咎めさせ給はざりける。萬の御物語文の道の覺束なくおぼし召さるゝことどもなど問はせ給ひて、又すきずきしき歌がたりなどもかたみに聞えかはさせ給ふついでに、かの齋宮の下り給ひし日の事かたちのをかしうおはせしなど語らせ給ふに我もうち解けて野の宮のあはれなりしあけぼのも皆聞え出で給ひてけり。二十日の月やうやうさし出でゝをかしき程なるに「遊などもせまほしき程かな」とのたまはす。「中宮の今夜罷で給ふなるとぶらひにものし侍らむ。院ののたまはせおくこと侍りしかば又後見仕うまつる人も侍らざめるに春宮の御ゆかりいとほしう思ひ給へられ侍りて」と奏し給ふ。「春宮をば今のみこになしてなどのたまはせ置きしかば、取り分きて心ざしものすれど殊にさしわきたるさまにも何事をかはとてこそ。年のほどよりも御手などのわざとかしこうこそ物し給ふべけれ。何事にもはかばかしからぬ自らのおもて起しになむ」とのたまはすれば「大方し給ふわざなどいとさとくおとなびたるさまに物し給へど、まだいとかたなりになむ」とその御有樣など奏し給ひてまかで給ふに、大宮の御せうとの藤大納言の子の頭の辨といふが世にあひ花やかなるわかうどにて思ふ事なきなるべし。妹の麗景殿の御方に行くに大將のみさきを忍びやかにおへば、しばし立ちとまりて「白虹日を貫けり。太子おぢたり」といとゆるらかにうちずじたるを、大將いとまばゆしと聞き給へど咎むべきこと