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つけなどかうがうしうしなして參らせ給ふ。御かへり、中將「紛るゝことなくてきしかたの事を思ひ給へ出づるつれづれのまゝには思ひやり聞えさすること多く侍れどかひなくのみなむ」と少し心とゞめておほかり。おまへのは木綿のかたはしに、

 「そのかみやいかゞはありしゆふだすき心にかけて忍ぶらむゆゑ。近き世に」とぞある。御手こまやかにはあらねどらうらうしうさうなどをかしうなりにけり。まして朝顏もねびまさり給へらむかしと思ひ遣るもたゞならず。おそろしや。あはれこの頃ぞかし。野の宮のあはれなりしことおぼし出でゝ怪しうやうのものと、神うらめしうおぼさるゝ御癖のみ苦しきぞかし。わりなうおぼさばさもありぬべかりし、年比は長閑に過ぐし給ひて今は悔しうおぼさるべかめるもあやしき御心なりや。院もかくなべてならぬ御心ばへを見知り聞え給へれば、たまさかなる御返しなどはえしももてはなれ聞え給ふまじかめり。少しあいなき事なりかし。六十卷といふ文讀み給ひ覺束なき所々解かせなどしておはしますを山寺にはいみじき光行ひ出し奉れりと佛の御面目ありとあやしの法師ばらまで喜びあへり。しめやかにて世の中をおもほし續くるに歸らむと物憂かりぬべけれど、人ひとりの御事おぼしやるがほだしなれば久しうもえおはしまさで寺にもみず經いかめしうせさせ給ふ。あるべきかぎりかみしもの僧どもそのわたりの山がつまで物たび尊き事のかぎりを盡して出で給ふ。見奉り送るとてこのもかのもにあやしきしはふるひ人ども集り居て淚をおとしつゝ見奉る。黑き御車の內にて藤の御袂にやつれ給へれば殊に見え給はねどほのかなる御有樣をほを世にな