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ろしうおぼさるゝなめり」とて宮もまかで給ひなどしておまへ人ずくなになりぬ。例もけぢかくならさせ給ふ人少ければ此處彼處の物のうしろなどにぞ侍ふ。命婦の君などはいかにたばかりて出し奉らむ「今宵さへ御けあがらせ給はむいとほしう」などうちさゝめきあつかふ。君は塗ごめの戶の細目に開きたるをやをら押し開けて御屛風のはざまに傳ひ入り給ひぬ。珍しく嬉しきにも淚は墮ちて見奉り給ふ。「猶いと苦しうこそあれ、世やつきぬらむ」とてとの方を見出し給へるかたはらめ言ひしらずなまめかしう見ゆ。「御くだものをだに」とて參りすゑたり。箱の蓋などにも懷しきさまにてあれど見入れ給はず。世の中をいたうおぼし惱める氣色にて長閑に眺め入り給へる、いみじうらうたげなり。かんざし頭つきみぐしのかゝりたるさま限なきにほはしさなど、唯かの對の姬君に違ふ所なし。年比少し思ひ忘れ給へりつるをあさましきまでおぼえ給へるかなと見給ふまゝに少し物思ひのはるけ所ある心地し給ふ。け高う耻しげなるさまなども更にこと人と思ひわき難きを、なほ限なく昔より思ひしめ聞えてし心の思ひなしにや、さまことにいみじうねびまさり給ひにけるかなと類なくおぼえ給ふに心惑ひしてやをら御帳の內にかゝづらひよりて御ぞの褄を引きならし給ふ。けはひしるくさとにほひたるにあさましうむくつけうおぼされて、やがてひれふし給へり。「見だに向き給へかし」と心やましうつらくてひき寄せ給へるに、御ぞをすべし置きてゐざりのき給ふに、心にもあらずみぐしの取り添へられたりければ、いと心憂くすくせの程おぼし知られていみじとおぼしたり。男もこゝら世をもてしづめ給ふ御心皆亂れてうつ