Page:Kokubun taikan 01.pdf/208

このページは校正済みです

と思ひ聞え給ふものから我心のひく方にては猶つらう心憂しと覺え給ふ折多かり。內に參り給はむことはうひうひしく所せくおぼしなりて、春宮を見奉り給はぬを覺束なくおもほえ給ふ。又たのもしき人も物し給はねば、唯この大將の君をぞ萬に賴み聞え給へるに猶このにくき御心の止まぬにともすれば御胸を潰し給ひつゝ聊も氣色を御覽じ知らずなりにしを思ふだにいと恐しきに、今更に又さることの聞えありて我身はさるものにて春宮の御ために必ず善からぬ事出で來なむとおぼすに、いとおそろしければ御祈をさへせさせ給ひて、このこと思ひ止ませ奉らむとおぼし至らぬことなく遁れ給ふを、如何なる折にかありけむ、あさましうて近づき參り給へり。心深くたばかり給ひけむことを知る人なかりければ夢のやうにぞありける。まねぶべきやうもなく聞え續け給へど、宮いとこよなくもてはなれ聞え給ひてはてはては御胸をいたう惱み給へば、近う侍ひつる命婦辨などぞあさましう見奉りあつかふ。男はうしつらしと思ひ聞え給ふこと限なきにきしかた行くさきかきくらす心地してうつし心も失せければ明けはてにけれど出で給はずなりぬ。御惱に驚きて人々近う參りてしげうまがへばわれにもあらで塗ごめに押し入れられておはす。御ぞども隱しもたる人の心などもいとむつかし。宮は物をいと侘しとおぼしけるに御けあがりて猶惱しうせさせ給ふ。兵部卿宮大夫など參りて「僧召せ」などさわぐを、大將いと侘しう聞きおはす。辛うじて暮れゆくほどにぞ怠り給へる。かく籠り居給ひつらむとはおぼしもかけず、人々も又御心まどはさじとてかくなむとも申さぬなるべし。晝のおましにゐざり出でゝおはします。「よ