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させむと思ひ給へしなり。その心違へさせ給ふな」とあはれなる御ゆゐごんども多かりけれど女のまねぶべき事にしあらねばこの片端だにかたはらいたし。帝もいと悲しとおぼして更に違へ聞えさすまじきよしをかへすがへす聞えさせ給ふ。御かたちもいと淸らにねびまさらせ給へるを嬉しく賴もしく見奉らせ給ふ。限あれば急ぎ還らせ給ふにもなかなかなる事多くなむ。春宮もひとたびにとおぼし召しけれど物さわがしきにより日を更へて渡らせ給へり。御年の程よりはおとなび美しき御さまにて戀しと思ひ聞えさせ給ひけるつもりに、何心もなく嬉しとおぼして見奉り給ふ御氣色いとあはれなり。中宮は淚に沈み給へるを、見奉らせ給ふにもさまざま御心亂れておぼし召さる。萬の事を聞え知らせ給へどいと物はかなき御ほどなればうしろめたく悲しう見奉らせ給ふ。大將にもおほやけに仕うまつり給ふべき御心づかひこの宮の御後見し給ふべきことを返す返すのまたはす。夜更けてぞ歸らせ給ふ。殘る人なく仕うまつりてのゝしるさま行幸に劣るけぢめなし。飽かぬ程にて還らせ給ふをいみじうおぼし召す。おほきさきも參り給はむとするを中宮のかく添ひおはするに御心置かれておぼしやすらふ程に、おどろおどろしきさまにもおはしまさでかくれさせ給ひぬ。足を空に思ひ惑ふ人多かり。御位を去らせ給ふといふばかりにこそあれ、世の政をしづめさせ給へることも我が御世の同じごとにておはしまいつるを、帝はいと若うおはします、おほぢおとゞいと急にさがなうおはしてその御まゝになりなむ世をいかならむと、上達部殿上人皆思ひなげく。中宮大將殿などはましてすぐれて物もおぼしわかれず。後々の御わざ