Page:Kokubun taikan 01.pdf/197

このページは校正済みです

內にも心時めきせしを、その後しもかき絕え淺ましき御もてなしを見給ふに、誠に憂しとおぼすことこそありけめと知りはて給ひぬれば、萬のあはれをおぼしすてゝひたみちに出で立ち給ふ。親添ひて下り給ふれいも殊になけれど、いと見放ち難き御有樣なるにことつけてうき世をゆきはなれなむとおぼすに、大將の君さすがに今はとかけ離れ給ひなむも口惜しうおぼされて御せうそこばかりはあはれなるさまにて度々通ふ。たいめんし給はむことをば今更にあるまじきことと女君もおぼす。人は心づきなしと思ひ置き給ふこともあらむに、我は今少し思ひ亂るゝことの增るべきを、あいなしと心强くおぼすなるべし。もとの殿にはあからさまに渡り給ふ折々あれどいたう忍び給へば大將殿えしり給はず。たはやすく御心に任せてまうで給ふべきおほんすみかにはたあらねば覺束なくて月日も隔たりぬるに、院の上おどろおどろしきおほん惱にはあらでれいならず時々惱ませ給へば、いとゞ御心のいとまなけれどつらきものに思ひはて給ひなむもいとほしく人ぎゝなさけなくやとおぼしおこして、野の宮にまうでたまふ。なが月七日ばかりなればむげに今日明日とおぼすに、女方も心あわたゞしけれど立ちながらと度々御せうそこありければ、いでやとはおほし煩ひながらいとあまりうもれいたきをものごしばかりのたいめんはと、人知れず待ち聞え給ひけり。遙けき野邊を分け入り給ふよりいと物あはれなり。秋の花皆衰へつゝ淺茅が原も枯々なる蟲の音に松風すごく吹き合せて、そのこととも聞き分れぬ程に物の音どもたえだえ聞えたる、いと艷なり。むつまじきごぜん十餘人ばかりみ隨身ことごとしき姿ならでいたう忍び給へ