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だにな」といへばあやしと思へど「あだなる事はまだ習はぬものを」とて取れば「誠に今はさるもじいませ給へ。よもまじり侍らじ」といふ。若き人にて氣色もえ深く思ひよらねばもて參りて御まくらがみの御几帳よりさし入れたるを君ぞ例の聞え知らせ給ふらむかし。人はえしらぬにつとめてこの箱をまかでさせ給へるにぞ親しきかぎりの人々思ひ合する事どもありける。御さらどもなどいつの間にかし出でけむけそくいと淸らにしてもちひのさまもことさらびいとをかしうとゝのへたり。少納言はいとかうしもやはとこそ思ひ聞えさせつれ、哀にかたじけなくおぼし至らぬ事なき御心ばへをまづうちなかれぬ。「さてもうちうちにのたまはせよかしな。かの人もいかに思ひつらむ」とさゝめきあへり。かくて後は、內にも院にもあからさまに參り給へる程だにしづ心なくおもかげに戀しければ、あやしの心やと我ながらおぼさる。通ひ給ひし所々よりは、うらめしげに驚かし聞え給ひなどすればいとほしとおぼすもあれどにひたまくらの心苦しくて夜をや隔てむとおぼしわづらはるればいとものうくて惱しげにのみもてなし給ひて「世の中のいと憂く覺ゆるほどすぐしてなむ人にもみえ奉るべき」とのみいらへ給ひつゝ過ぐし給ふ。今きさきは御櫛匣殿の猶この大將にのみ心つけ給へるを「げにはたかくやんごとなかりつる方も失せ給ひぬるをさてもあらむになどか口をしからむ」などおとゞのたまふにいと憎しと思ひ聞え給ひて、宮仕もをさをさしくだにしなし給へらばなどかあしからむと、參らせ奉らむ事をおぼし勵む。君もおしなべてのさまにはおぼえざりしを口惜しとおぼせど、只今はことさまに分くる御心もなくて何