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色どもを着つゝ皆いみじう心細げにてうちしほたれつゝ居集りたるをいと哀と見給ふ。「思し捨つまじき人もとまり給へれば、さりとも物のついでには立ち寄らせ給はじやなど慰め侍るを、偏に思ひやりなき女房などは今日をかぎりに思し捨つる故鄕と思ひくつして長く別れぬるかなしびよりも唯時々馴れ仕うまつる年月の名殘なかるべきを歎き侍るめるなむことわりなる。うちとけ坐します事は侍らざりつれどさりとも遂にはとあいなだのみし侍りつるをげにこそ心ぼそき夕に侍れ」とてもまた泣き給ひぬ。「いと淺はかなる人々の嘆きにも侍るなるかな。誠にいかなりともと、長閑に思ひ給へつる程は、おのづから御目かるゝ折も侍りつらむを、なかなか今は何を賴みてか怠り侍らむ。今御覽じてむ」とて出で給ふをおとゞ見送り聞え給ひて入り給へるに、御しつらひよりはじめありしに變る事もなけれどうつせみの空しき心地ぞし給ふ。御帳の前に御硯などうちちらして手習ひすて給へるを取りて目をしぼりつゝ見給ふを、若き人々は悲しき中にもほゝゑむもあるべし。哀なることゞも、からのも倭のも書きけがしつゝ、さうにもまなにも、さまざま珍しきさまに書きまぜ給へり。かしこの御手やと空を仰ぎてながめ給ふ。よそ人に見奉りなさむが惜しきなるべし。「ふるき枕ふるきふすま誰と共にか」とある所に

 「なきたまぞいとゞ悲しき寢し床のあくがれがたき心ならひに」。又「霜の花しろし」とある所に、

 「君なくてちりつもりぬるとこなつの露うち拂ひいく夜寢ぬらむ」。ひとひの花なるべし