Page:Kokubun taikan 01.pdf/188

このページは校正済みです

て待ち聞えむとなるべし。おのおの立ち出づるに今日にしもとぢむまじき事なれどまたなく物悲し。おとゞも宮も今日の氣色に又悲しさ改めておぼさる。宮の御前に御せうそこ聞え給へり。「院におぼつかながりの給はするにより今日なむ參り侍る。あからさまに立ち出で侍るにつけても今日までながらへ侍りにけるよとみだり心地のみ動きてなむ。聞えさせむもなかなかにはべるべければそなたにも參り侍らね」とあればいとゞしく宮は目も見え給はず沈み入りて御かへりもえ聞え給はず。おとゞぞやがて渡り給へる。いと堪へ難げにおぼして御袖もひき放ち給はず。見奉る人々もいとかなし。大將の君は世をおぼし續くる事いとさまざまにて泣き給ふさま哀に心深きものからいとさまよくなまめき給へり。おとゞ久しうためらひ給ひて「齡のつもりにはさしもあるまじき事につけてだに淚もろなるわざに侍るを、まして干る世無う思ひ給へ惑はれ侍る。心をえのどめ侍らねば人めもいと亂りがはしく心弱きさまに侍るべければ院などにもえ參り侍らぬなり。ことのついでには、さやうに赴け奏せさせ給へ。幾何侍るまじき老の末にうち捨てられたるがつらくも侍るかな」とせめて思ひ沈めてのたまふ氣色いとわりなし。君もたびたび鼻うちかみて「後れ先立つほどのさだめなさは世のさがと見給へ知りながら、さしあたりて覺え侍る心惑ひは類あるまじきわざになむ。院にも有樣奏し侍らむに推し量らせ給ひてむ」と聞え給ふ。「さらば時雨もひまなく侍るめるを、暮れぬほどに」とそゝのかし聞え給ふ。うち見まはし給ふに御几帳のうしろさうじのあなたなどの明け通りたるなどに女房三十人ばかりおしこりて濃き薄きにび