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もまぎるゝかたなくみなれみなれてえしも常にかゝらずば戀しからじや。いみじき事をばさるものにて唯うち思ひ廻らすこそ堪へ難き事多かりけれ」との給へばいとゞ皆泣きて「いふかひなき御事は唯かきくらす心地し侍ればさるものにて名殘なきさまにあくがれはてさせ給はむ程思ひ給ふるこそ」と聞えもやらず。あはれと見渡し給ひて「名殘なくはいかにか。いと心淺くもとりなし給ふかな。心長き人だにあらば、見はて給ひなむものを、命こそはかなけれ」とて、火をうちながめ給へる、まみのうちぬれ給へる程ぞめでたき。とりわきてらうたくし給ひし小きわらはの親どもゝなくいと心ぼそげに思へることわりに見給ひて「あてきは、今は我をこそ思ふべき人なめれ」とのたまへばいみじくなく。ほどなき衵人よりは黑く染めて黑きかざみくはざういろの袴など着たるもをかしき姿なり。「昔を忘れざらむ人は徒然を忍びてもをさなき人を見捨てず物し給へ。見し世の名殘なく人々さへかれなばたづきなさも增りぬべくなむ」など皆心長かるべき事ともをのたまへど、いでやいとゞ待遠にぞなり給はむと思ふにいとゞ心ぼそし。おほい殿は人々にきはぎはほどほどを置きつゝはかなき翫び物ども又誠にかの御かたみなるべき物などわざとならぬさまに取りなしつゝ皆くばらせ給ひけり。君はかくてのみもいかでかはつくづくと過ぐし給はむとて院へ參り給ふ。御車さし出でゝ御ぜんなど參り集るほど折しり顏なる時雨うちそゝぎて木の葉さそふ風あわたゞしう吹き拂ひたるにおまへに侍ふ人々物いとゞ心細くて少しひまありつる袖ども濕ひわたりぬ。夜さりはやがて二條院に泊り給ふべしとて、さぶらひの人々もかしこに