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ならはぬ御獨寢に明しかね給へる朝ぼらけのきりわたれるに菊の氣色ばめる枝に濃き靑にびの紙なる文つけてさしおきていにけり。今めかしうもとて見給へば御やす所の御手なり。「聞えね程はおぼし知るらむや。

  人の世をあはれときくも露けきにおくるゝ袖を思ひこそやれ。唯今の空に思ひ給へあまりてなむ」とあり。常よりも優にも書い給へるかなとさすがに置き難う見給ふものからつれなの御とぶらひやと心うし。さりとてかき絕えおとなひ聞えざらむもいとほしく人の御名の朽ちぬべき事をおぼし亂る。過ぎにし人はとてもかくてもさるべきにこそは物し給ひけめ、何にさることをさださだとけざやかに見聞きけむと、悔しきは我が御心ながら、猶えおぼし直すまじきなめりかし。齋宮の御きよまはりも煩はしくやなど、久しう思ひ煩ひ給へど、わざとある御返りなくばなさけなくやとて、紫のにばめる紙に「こよなう程經侍りにけるを思ひ給へ怠らずながら、つゝましきほどは更におぼし知るらむやとてなむ。

  とまる身も消えしもおなじ露の世に心おくらむほどぞはかなき。かつは思しけちてよかし。御覽ぜずもやとてこれにも」と聞え給へり。里に坐する程なりければ忍びて見給ひてほのめかし給へる氣色を心の鬼にしるく見給ひてさればよとおぼすもいといみじ。猶いと限なき身のうさなりけり、かやうなる聞えありて院にもいかにおぼさむ、故前坊の同じき御はらからといふ中にもいみじう思ひかはし聞えさせ給ひて、この齋宮の御事をもねんごろに聞えつけさせ給ひしかばその御かはりにもやがて見奉りあつかはむなど常にのたまはせ