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うちまどろみ給ふ夢には、かの姬君とおぼしき人のいと淸らにてある所にいきてとかくひきまさぐり、現にも似ず武くいかきひたぶる心いできてうちかなぐるなど見え給ふ事たび重なりにけり。あな心うや。實に身を捨てゝやいにけむとうつし心ならず覺え給ふ折々もあれば、さならぬことだに人の御ためにはよざまのことをしも言ひ出でぬ世なれば、ましてこれはいとよく言ひなしつべきたよりなりとおぼすにいと名だゝしうひたすら世になくなりて後にうらみ殘すはよのつねの事なり、それだに人の上にては罪深うゆゝしきを、うつゝの我が身ながらさるうとましき事をいひつけらるゝ宿世のうき事、すべてつれなき人に爭で心もかけ聞えじとおぼし返せど思ふも物をなり。齋宮は去年うちに入り給ふべかりしを、さまざま障る事ありてこの秋入り給ふ。ながつきにはやがて野の宮に移ろひ給ふべければ、再の御はらへのいそぎ取り重ねてあるべきに唯怪しくぼけぼけしうてつくづくと臥し惱み給ふを、宮人いみじきだいじにて御祈などさまざま仕う奉る。おどろおどろしきさまにはあらずそこはかとなく煩ひて月日を過ぐし給ふ。大將殿も常にとぶらひ聞え給へど、まさる方の痛う煩ひ給へば御心のいとまなげなり。まださるべき程にもあらずと皆人もたゆみ給へるに、俄に御氣色ありて惱み給へばいとゞしき御祈の數を盡してせさせ給へれど、例のしうねき御ものゝけひとつ更に動かず、やんごとなきけんざども珍らかなりともて惱む。さすがにいみじう調ぜられて、心苦しげに泣きわびて、「少しゆるべ給へや。大將に聞ゆべき事あり」とのたまふ。「さればよ、あるやうあらむ」とて近き御几帳のもとに入れ奉りたり。むげに限