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に、今日はうち亂れてありき給ふかし。誰ならむ、乘り並ぶ人けしうはあらじはやと推し量り聞ゆ。挑ましからぬかざし爭ひかなと、さうざうしくおぼせど、かやうにいとおもなからぬ人はた、人あひ乘り給へるにつゝまれて、はかなき御いらへも心安く聞えむもまばゆしかし。

御息所はものをおぼし亂るゝ事年比よりも多く添ひにけり。つらき方に思ひはて給へど、今はとてふりはなれくだり給ひなむはいと心細かりぬべく、世の人ぎゝも人笑へにならむ事とおぼす。さりとて立ちとまるべくおもほしなるには、かくこよなきさまに皆思ひくたすべかめるもやすからず、釣する海士のうけなれやと、おきふしおぼし煩ふけにや御心地もうきたるやうにおぼされてなやましうし給ふ。大將殿には「下り給はむことをもてはなれてあるまじき事」なども妨げ聞き給はず「數ならぬ身を見ま憂くおぼし捨てむもことわりなれど今は猶いふかひなきにても、御覽じはてむや淺からぬにはあらむ」と聞えかゝづらひ給へば定め兼ね給へる御心もや慰むと立ち出で給へりしみそぎ河の荒らかりし瀨に、いとゞ萬いとうくおぼしいられたり。大殿には御ものゝけめきて痛くわづらひ給へば誰も誰もおぼし歎くに御ありきなどびんなき頃なれば二條院にも時々ぞわたり給ふ。さはいへどやんごとなき方は殊に思ひ聞え給へる人の珍しきことさへ添ひ給へる御惱なれば心苦しう思し歎きて、御修法や何やなど、我が御方にて多く行はせ給ふ。ものゝけ、いきすだまなどいふもの多く出で來てさまざまの名のりする中に、人に更にうつらず唯自らの御身につと添ひたるさまにて殊におどろおどろしう煩はし聞ゆる事もなけれど、また片時離るゝ折もなきものひと