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御心とまりけり。いと近くて見えむまではおぼしよらず、若き人々は聞きにくきまでめで聞えあへり。まつりの日は大殿には物見給はず。大將の君、かの御車の所あらそひをまねび聞ゆる人ありければいといとほしう憂しとおぼして、猶あたらおもりかに坐する人の、ものになさけ後れてすくすくしき所つき給へるあまりに自らはさしもおぼさゞめれど、かゝるなからひは情かはすべきものともおぼいたらぬを御心おきてに從ひて、つきづきよからぬ人のせさせたるならむかし。御やす所は心ばせのいとはづかしくよしありておはするものを、いかにおぼしうんじにけむといとほしうて參うで給へりけれど、齋宮のまだもとの宮におはしませば、榊のはゞかりにことづけて、心安くもたいめんし給はず。ことわりとはおぼしながら「なぞやかくかたみにそばそばしからで坐せよかし」とうちつぶやかれ給ふ。今日は二條院に離れおはして祭見に出で給ふ。西の對にわたり給ひて惟光に車の事仰せたり。「女房出で立つや」とのたまひて、姬君のいと美しげにつくろひ立てゝおはするを、うちゑみて見奉り給ふ。「君はいざ給へ、諸共に見むよ」とて御ぐしの常よりも淸らに見ゆるを、かきなで給ひて「久しうそぎ給はざめるを今日はよき日ならむかし」とて、曆の博士召して時問はせなどし給ふ程に「まづ女房出でね」とて童の姿どものをかしげなるを御覽ず。いとらうたげなる髮どもの裾華やかにそぎわたして浮紋のうへの袴にかゝれる程けざやかに見ゆ。「君の御ぐしは我そがむ」とて「うたて所せうもあるかな。如何におひやらむとすらむ」とそぎわづらひ給ふ。「いと長き人もひたひ髮は少し短くぞあめるをむげに後れたるすぢのなきやあ