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くて、ざふざふの人なきひまを思ひ定めて皆さしのけさする中に、網代の少しなれたる、したすだれのさまなどよしばめるにいたう引き入りてほのかなる袖口裳の据かざみなど物の色いと淸らにて、殊更に窶れたるけはひしるく見ゆる車二つあり。「これは更にさやうにさしのけなどすべき御車にもあらず」と口ごはくて手觸れさせず。いづ方にも若きものども醉ひ過ぎ立ち騷ぎたる程のことはえしたゝめあへず。おとなおとなしきごぜんの人々は、「かくな」といへどえとゞめあへず。齋宮の御母御やす所、物おぼし亂るゝ慰めにもやと忍びて出で給へるなりけり。つれなしづくれどおのづから見知りぬ。「さばかりにてはさないはせそ、大將殿をぞがうけには思ひ聞ゆらむ」などいふを、その御方の人々も交れゝばいとほしと見ながら用意せむも煩はしければ、しらず顏をつくる。遂に御車ども立て續けつれば、ひとだまひの奧におしやられてものも見えず。心やましきをばさるものにて、かゝるやつれをそれと知られぬるがいみじう妬きこと限なし。榻なども皆押し折られてすゞろなる車の胴にうちかけたれば又なう人わろく悔しう、何に來つらむと思ふにかひなし。物も見で歸らむとし給へど通り出でむひまもなきに、「ことなりぬ」といへば、さすがにつらき人の御まへわたりの待たるゝも心弱しや。さゝのくまにだにあらねばにや、つれなく過ぎ給ふにつけてもなかなか御心づくしなり。げに常よりも好み整へたる車どもの、我も我もと乘りこぼれたるしたすだれのすき間どもゝさらぬがほなれとほゝゑみつゝしり目にとゞめ給ふもあり。大とのゝはしるければまめだちて渡り給ふ。御供の人々うち畏まり心ばへありつゝ渡るを押