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りつる中に四位少將右中辨など急ぎ出でゝ送りし侍りつるや、弘徽殿の御あがれならむと見給へつる。けしうはあらぬけはひどもしるくてい車三つばかり侍りつ」と聞ゆるにも胸うちつぶれ給ふ。いかにしていづれと知らむ、ちゝおとゞなど聞きてことごとしうもてなされむもいかにぞや、まだ人のありさま能く見定めぬ程は煩はしかるべし、さりとて知らであらむはたいと口惜しかるべければ、如何にせましとおぼし煩ひてつくづくとながめふし給へり。姬君いかに徒然ならむ、日頃になればくしてやあらむとらうたく思しやる。かのしるしの扇は櫻の三重がさねにて濃きかたに霞める月をかきて水にうつしたる心ばへ目馴れたれどゆえなつしうもてならしたり。草の原をばといひしさまのみ心にかゝり給へば、

 「世に知らぬ心地こそすれありあけの月のゆくへを空にまがへて」と書きつけ給ひて置き給へり。

おほい殿にも久しうなりにけるとおぼせど若君も心苦しければこしらへむとおぼして、二條院へ坐しぬ。見るまゝにいと美しげに生ひなりてあいぎやうづきらうらうしき心ばへいと異なり。飽かぬ所なう我が御心のまゝに敎へなさむと覺すにかなひぬべし。男の御をしへなれば少し人馴れたる事やまじらむと思ふこそうしろめたけれ。日ごろの御物語御琴など敎へ暮して出で給ふを、例のと口惜しう覺せど、今はいとよう習はされてわりなくは慕ひまつはさず。おほい殿には例のふともたいめんし給はず徒然とよろづ思しめぐらされて箏の御琴まさぐりて「やはらかにぬる夜はなくて」と謠ひ給ふ。おとゞ渡り給ひて一日の興ありし事聞え給ふ。「こゝらの齡にてめいわうの御代四代をなむ見侍りぬれどこの度の