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 「うき身世にやがて消えなば尋ねても草の原をばとはじとや思ふ」といふさま艷になまめきたり。「ことわりや聞えたがへたるもしかな」とて、

 「いづれぞと露のやどりをわかむまにこざゝが原に風もこそふけ。煩はしうおぼすことならずは何かつゝまむ。若しすかい給ふか」ともえいひあへず人々起きさわぎ上の御局に參りちがふけしきどもしげくまよへば、いとわりなくて、扇ばかりをしるしに取り替へて出で給ひぬ。桐壺には人々多くさぶらひて、驚きたるもあればかゝるをさもたゆみなき御しのびありきかなとつきじろひつゝそらねをぞしあへる。入り給ひて臥し給へれどねいられず。をかしかりつる人のさまかな、女御の御おとうとたちにこそはあらめ、まだ世に馴れぬは五六の君ならむかし、そちの宮の北の方、頭中將のすさめぬ四の君などこそよしと聞きしか、なかなかそれならましかば今少しをかしからまし、六は春宮に奉らむと志し給へるをいとほしうもあるべいかな、煩はしう尋ねむ程もまぎらはし、さて絕えなむとは思はぬ氣色なりつるを、いかなればこと通はすべきさまを敎へずなりぬらむなど萬に思ふも心のとまるなるべし。かやうなるにつけてもまづかのわたりの有樣のこよなう奧まりたるはやとあり難う思ひ比べられ給ふ。その日ば後宴の事ありて紛れ暮し給ひつ。箏の琴仕う奉り給ふ。昨日の事よりもなまめかしう面白し。藤壺は曉に參う上り給ひにけり。かの有明出でやしぬらむと心もそらにて、思ひ至らぬ隈なき良淸惟光をつけて窺はせ給ひければ、御まへよりまかで給ひけるほどに「只今北の陣より隱れ立ちて侍りつる車ども罷り出づる。御かたがたの里人侍