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 「君しこば手なれの駒にかりかはむさかり過ぎたる下葉なりとも」といふさまこよなう色めきたり。

 「さゝわけば人やとがめむいつとなく駒なつくめる森のこがくれ。煩はしさに」とて立ち給ふをひかへて、「まだかゝるものをこそ思ひ侍らね。今更なる身の耻になむ」とて泣くさまいといみじ。「今聞えむ。思ひながらぞや」とて引き放ちて出で給ふを、せめておよびて「はしばしら」と恨みかくるを、上はみ袿はてゝ御さうじの內より覗かせ給ひけり。似つかはしからぬあはひかなといとをかしうおぼしめされて、「すき心なしと常にもて惱むめるを、さはいへど過ぐさゞりけるは」とて笑はせ給へば、內侍はなままばゆけれど、憎からぬ人ゆゑはぬれぎぬをだに着まほしがるたぐひもあなればにや、いたうもあらがひ聞えさせず。人々も「思の外なることかな」とあつかふめるを、頭中將聞きつけて至らぬ隈なき心にてまだ思ひよらざりけるよと思ふに、盡せぬこのみ心も見まほしうなりにければ語らひつきにけり。この君も人よりはいと異なるをかのつれなき人の御なぐさめにと思ひつれど、見まほしきは限りありける世とや、うたてのこのみや。いたう忍ぶれば源氏の君はえ知り給はず、見つけ聞えてはまづ恨み聞ゆるをよはひの程いとほしければ慰めむと覺せどかなはぬ物憂さにいと久しうなりにけるを、ゆふだちして名殘凉しき宵のまぎれにうんめいでんのわたりをたゝずみありき給へばこの內侍琵琶をいとをかしう彈き居たり。御まへなどにても男方の御遊にまじりなどして殊にまさる人なき上手なれば、物のうらめしう覺えける折からいと哀