Page:Kokubun taikan 01.pdf/145

このページは校正済みです

常より殊に懷しううちとけ給へるをいとめでたしと見奉り給ひて、婿よなどはおぼしよらで女にて見ばやと色めきたる御心にはおもほす。暮れぬれば御簾の內に入り給ふをうらやましく、昔は上の御もてなしにいとけ近く人づてならで物をも聞え給ひしを、こよなう疎み給へるもつらくおぼゆるぞわりなきや。「しばしばも侍ふべけれど事ぞとも侍らぬ程はおのづから怠り侍るを、さるべき事などは仰事も侍らむこそ嬉しく」などすぐすぐしうて出で給ひぬ。命婦もたばかり聞えむ方なく、宮のみ氣色もありしよりはいとゞうきふしにおぼしおきて心解けぬ御氣色も耻しういとほしければ、何のしるしもなくて過ぎ行く。はかなの契りやと思し亂るゝ事かたみに盡きせず。

少納言は、覺えずをかしき世をも見るかな、これも故尼上のこの御事をおぼして御行にも祈り聞え給ひし佛の御驗にやとおぼゆ。おほい殿いとやんごとなくておはし此所彼所あまたかゝづらひ給ふをぞ、誠におとなび給はむほどにはむつかしき事もやとおぼえける。されどかくとりわき思ひ給へる御おぼえの程はいとたのもしげなりかし。御ぶく母方は三月こそはとてつごもりには脫がせ奉り給ふを、又親もなくて生ひ出で給ひしかば、まばゆき色にはあらでくれなゐ紫山吹のぢのかぎり織れる御小袿などを着給へるさまいみじう今めかしうをかしげなり。男君は朝拜に參り給ふとてさしのぞき給へり。「今日よりはおとなしくなり給へりや」とてうちゑみ給へるいとめでたう愛敬づき給へり。いつしかひゝなおしすゑてそゝき居給へり。三尺のみづし一よろひに品々しつらひすゑて又小き屋ども作り集めて奉り給へるを、所せきまで遊び廣げ給へり。「なやらふ