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り。この頃あけくれ御覽ずる長恨歌の御繪、亭子の院の書かせたまひて、伊勢、貫之によませたまへるやまと言の葉をも、もろこしのうたをも、たゞ其のすぢをぞまくらごとにせさせたまふ。いとこまやかに有樣を問はせたまふ。哀なりつること忍びやかに奏す。御返り御覽ずれば、「いとも畏きは置き所も侍らず。かゝる仰事につけてもかきくらすみだり心地になむ。

  荒き風ふせぎしかげの枯れしより小萩がうへぞ靜心なき」などやうに亂りがはしきを、心治めざりける程と御覽じゆるすべし。いとかうしも見えじとおぼししづむれど、更にえ忍びあへさせたまはず。御覽じ始めし年月のことさへ書き集め萬におぼし續けられて、時のまもおぼつかなかりしを、かくても月日は經にけりと淺ましうおぼしめさる。「故大納言の遺言過たず宮仕のほい深くものしたりし喜はかひあるさまにとこそ思ひ渡りつれ。いふがひなしや」とうちのたまはせていと哀におぼしやる。「かくてもおのづから若宮など生ひ出でたまはゞ、さるべきついでもありなむ。命長くとこそ思ひ念ぜめ」などのたまはす。かの贈物御覽ぜさす。なき人のすみか尋ね出でたりけむしるしのかんざしならましかばとおもほすもいとかひなし。

 「尋ねゆくまぼろしもがなつてにも魂のありかをそこと知るべく」。繪に書ける楊貴妃のかたちは、いみじき繪師といへども筆かぎりありければいとにほひなし。大液の芙蓉、未央の柳もげにかよひたりしかたちを唐めいたるよそひはうるはしうこそありけめ。懷かしうらうたげなりしをおぼし出づるに、花鳥の色にも音にもよそふべき方ぞなき。朝夕のこと