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えてひとへばかりを押しくゝみて我御〈御イ无〉心地もかつはうたて覺え給へど哀にうち語らひ給ひて「いざ給へよ。をかしき繪など多く、ひゝな遊などする所に」と心につくべき事をのたまふけはひのいと懷かしきを、をさなき心地にもいと痛うもおぢず、さすがにむつかしう寢も入らずみじろぎ臥し給へり。夜一夜風吹き荒るゝに「げにかうおはせざらましかばいかに心細からまじ。同じくはよろしき程におはしまさましかば」とさゝめきあへり。乳母は後めたさにいと近う侍ふ。風少し吹き止みたるに夜深う出で給ふも事ありがほなりや。「いと哀に見奉る御有樣を、今はまして片時のまもおぼつかなかるべし。明暮ながめ侍る所にわたし奉らむ。かくてのみはいかゞ物おぢし給はざりけり〈る歟〉」との給へば「宮も御迎になど聞え〈のイ有〉給ふめれどこの御四十九日すぐしてやなど思ひ給ふる」と聞ゆれば、「たのもしきすぢながらもよそよそにてならひ給へるは同じうこそ疎う覺え給はめ。今より見奉れど淺からぬ志はまさりぬべくなむ」とて搔い撫でつゝ顧みがちにて出で給ひぬ。いみじう霧渡れる空もたゞならぬに霜はいと白うおきて、誠のけさうもをかしかりぬべきにさうざうしき思ひおはす。いと忍びて通ひ給ふ所の道なりけるをおぼし出でゝ、門打ち敲かせ給へど聞きつくる人なし。かひなくて御供に聲ある人して謠はせ給ふ。

 「あさぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな」とふたかへり謠ひたるに、よしばみたるしもづかひを出して、

 「たちとまり霧のまがきのすぎうくは草のとざしにさはりしもせじ」と言ひかけて入り