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いみなど過ぎて京の殿になむと聞き給へば程經てみづから長閑なる夜坐したり。いとすごげに荒れたる所の人少ななるにいかに幼き人恐しからむと見ゆ。例の所に入れ奉りて、少納言御有樣などうち泣きつゝ聞え續くるに、あいなう御袖もたゞならず。「宮に渡し奉らむと侍るを、こ姬君のいと情なく憂きものに思ひ聞へ給へりしに、いとむげにちごならぬ齡の、まだはかばかしう人のおもむけをも見知り給はず、なかぞらなる御程にてあまた物し給ふなる中の、あなづらはしき人にてやまじり給はむなど過ぎ給ひぬるも世と共におもほし歎きつるもしるき事多く侍るに、斯かたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどり聞えさせずいと嬉しう思ひ給へられぬべき折ふしに侍りながら、少しもなずらひなるさまにも物し給はず、御年よりも若びて習ひ給へれば、いと傍いたく侍り」と聞ゆ。「何かかうくり返し聞えしらする心の程をつゝみ給ふらむ。そのいふかひなき御有樣の哀にゆかしう覺え給ふも、ちぎり殊になむ心ながら思ひ知られける。猶人づてならで聞え知らせばや。

  あしわかの浦にみるめはかたくともこは立ちながらかへる波かは。めざましからむ」とのたまへば、「げにこそいとかしこけれ」とて、

 「寄る波の心もしらでわかの浦に玉藻なびかむほどぞうきたる。わりなき事と」聞ゆるさまのなれたるに少し罪許され給ふ。「なぞ越えざらむ」とうちずじ給へるを身にしみてわかき人々思へり。君は上を戀ひ聞え給ひて泣き臥し給へるに、御遊びがたきどものなほし着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」と聞ゆれば起き出で給ひて「少納言よ、直衣着た