Page:Kokubun taikan 01.pdf/103

このページは校正済みです

じろき給ふ事も難く麗しうてものし給へば「思ふ事もうちかすめ山みちの物語をも聞えむに、いふがひありてをかしううちいらへ給はゞこそ哀れならめ。世には心も解けず疎く耻かしきものにおもほして年のかさなるに添へて御心のへだてもまさるをいと苦しく思はずに、時々は世の常なる御けしきを見ばや。堪へ難うわづらひ侍りしをも、いかゞとだに問ひ給はぬこそ、珍しからぬことなれど猶うらめしう」と聞え給ふ。辛うじて「問はぬはつらきものにやあらむ」としりめに見おこせ給へるまみいとはづかしげにけだかううつくしげなる御かたちなり。「まれまれはあさましの物事や。とはぬなど言ふきははことにこそ侍るなれ。心憂くもの給ひなすかな。世と共にはしたなき御もてなしを、もしおぼし直る折もやととざまかうざまに試み聞ゆるをいとゞおもほし疎むなめりかし。よしや命だに」とてよるのおましに入り給ひぬ。女君ふとも入り給はず。聞え煩ひ給ひてうち歎きてふし給へるもなま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなしてとかう世を覺しみだるゝ事多かり。

かの若草の生ひ出でむほどの猶ゆかしきを似げなき程と思へりしもことわりぞかし、いひより難き事にもあるかな、いかに構へて唯心やすく迎へ取りてあけくれのなぐさめにも見む、兵部卿の宮はいとあてになまめい給へれど匂ひやかになどもあらぬをいかでかのひとぞうに覺え給ひつらむ、ひとつきさいばらなればにやなどおもほす。ゆかりいとむつまじきに、いかでかと深うおもほす。又の日御文奉れ給へり。僧都にもほのめかし給ふべし。尼上には、「もてはなれたりし御氣色のつゝましさに思ひ給ふるさまをもえ顯しはて侍らずなりにしをな