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ず。「命長さのいとつらう思うたまへしらるゝに松の思はむことだにはづかしう思ひたまへ侍れば、百敷に行きかひ侍らむ事はましていと憚多くなむ。畏き仰事を度々承りながらみづからはえなむ思ひたまへたつまじき。若宮はいかにおもほししるにか、參り給はむ事をのみなむおぼし急ぐめれば、ことわりに悲しう見奉り侍るなど、うちうちに思ひたまへるさまを奏したまへ。ゆゝしき身に侍れば、かくて坐しますもいまいましう辱く」などのたまふ。宮は大殿籠りにけり。「見奉りて委しく御有樣も奏し侍らまほしきを、待ちおはしますらむを、夜更け侍りぬべし」とて急ぐ。「暮れ惑ふ心の闇も堪へ難きかたはしをだにはるくばかりに聞えまほしう侍るをわたくしにも心のどかにまかでたまへ。年ごろ嬉しくおもだゝしきついでにのみ立ち寄りたまひしものを、かゝるおほんせうそこにて見奉る、かへすがへすつれなき命にも侍るかな。生れし時より思ふ心ありし人にて、故大納言いまはとなるまで、たゞこの人の宮仕のほい必遂げさせ奉れ、我なくなりぬとて口惜しう思ひくづほるなと、返す返す諫め置かれ侍りしかば、はかばかしう後見思ふ人なき交らひはなかなかなるべき事と思うたまへながら、たゞかの遺言を違へじとばかりに出したて侍りしを、身に餘るまでの御志の萬に辱きに、人げなき耻をかくしつゝ交らひ給ふめりつるを、人のそねみ深く積り安からぬ事多くなり添ひ侍るに、橫さまなるやうにて終にかくなり侍りぬれば、却りてはつらくなむ畏き御志を思う給へられ侍る。これもわりなき心の闇になむ」といひもやらずむせかへりたまふ程に夜も更けぬ。「うへも然なむ、我が御心ながらあながちに人目驚くばかりおぼさ