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はないのだ。

 こんなことで他殺説はぐらつき出した。再び自殺説が勢力を得はじめた。


4


 催眠剤をのんでグッスリ寝たために、無論夜中の出来事は少しも知らなかったけれども、さすがに酒をのんでいなかっただけに、針元子爵の頭脳は明晰めいせきだった。彼はやはり友人の死を自殺とは考えられなかった。しかし、他殺と考えるにはいくつかの難点があった。彼は頭を捻った揚句東京に電話して、友人の私立探偵中山を呼んだ。中山は直ぐに助手の安藤を連れてやって来た。

 中山は子爵の説明を委しく聞き取った。そのうちで自動車のスタートする音を聞いたという話が、一番彼の興味をひいたと見えて、「自動車の音がね――」と口の中で繰り返えママした。

 それから彼は現場を見廻った。彼はぶらんこを見上げながら、意外という風に子爵にいった。

 「ぶらんこはもっと二階の窓に接近しているものと思っていたが――」

 「もっと接近していると思っていたって? 相当接近しているじゃないか。何でも、これが本当にぶらんこだった頃、これに乗った子供は、アノ窓からニコニコして眺めている父親の傍まで飛んで行ったというくらいだから」

 「しかし、その頃ぶらんこの足を掛ける所は、地面とスレスレのところにあったのではないかね。子供のためにこしらえたのだというから」

 「無論そうだろうさ」

 「そこが不思議なんだがね」

 「なにが不思議かね。子供のぶらんこだから、乗る所の低いのは当然じゃないか」

 「そのことじゃないよ。僕が不思議だというのは。まあ好いや、ちょっと待ってくれ給え」

 中山はこういい棄ててぶらんこの柱にスルスルとよじ登った。やがて彼は満足そうに降りて来た。

 「ちょっとした発見をしたよ。死体のつり下っていた綱の結び目を見て来たんだが、鋭利な刃物で切断した痕があったよ」

 「それがどうしたんだね」子爵は不審そうに訊いた。

 「まあ、僕の考えでは、ここに一本の綱があるとして後で結ぶほうは切る必要があるかも知れないが、初めに結びつけるほうは切るには及ぶまいと思うんだがね」

 「それはそうだね」子爵はいったが、中山のいっている意味はよく呑み込めなかった。

 中山は子爵を促して車庫に行った。そこで彼は綿密に自動車の轍や、附近の轍の跡を調べたが、やがてそれが終ると、彼は車庫の隣りの物置小屋を覗いた。そうして、 始めて嬉しそうな声を出した。

 「ホウ、ここに綱があった!」

 子爵は中山探偵の傍に行って、物置小屋の中を眺めた。

 そこにはグルグルと幾巻きかした綱があった。子爵はいった。

 「この綱がどうしたというんだい」

 「僕はね今まで露木さんが吊り下っていた綱は一体どこから持って来たのだろうと不審に思っていたんだ。その謎が解けた訳なんだ。露木さんを吊し上げた綱はこれなんだよ」

 「何だって、露木を吊り上げた綱はあそこにそのままぶら下っているじゃないか。その綱はなるほど同じものらしいが、全然関係はないよ」

 「ところがあるんだ。あそこにぶら下っている綱の結目には切断した痕があったからね。実際綱はあそこにあるのよりもズッと長くなくちゃならないんだよ」

 「君のいうことはどうも分らん」子爵は首を振った。

 「今に分るさ」探偵はこともなげにいった。

 「さあ、部屋の中を見ようじゃないか」

 子爵は促したが、中山探偵はこの時に驚くべき返事をした。

 「うん、見ても好いが、見る必要は大してないね。犯人の当りは大体ついたから」

 「えっ、犯人! じゃ、他殺――」子爵は叫んだ。

 「そうとも。二人を殺した犯人は多分同一人だよ」

 「えッ、二人! 二人というのは?」

 「乞食の八公のことさ。露木さんと同じ方法でやられたのさ」


5


 中山探偵は関係者一同のいる所で、予審判事に次のようなことを願い出た。

 「私は本件は他殺であると堅く信じます。つきましては、明日現場について一つの実験をしてみたいと思いますから許可して下さい。なお関係者のほうで、露木さんと同じ重さの人形を造っておいて頂きたいのです。目鼻