従弟の時田が賛成した。酒ののめない針元子爵を除いた三人は、盛んにグラスを傾けた。
「さあ、寝ようじゃないか」
手持無沙汰の子爵がこういって促した時には、三人はグデングデンに酔っていた。
「俺が幽霊の出る部屋に寝るんだぞ」時田は両手を高く挙げて叫んだ。
「ば、馬鹿をいえ。幽霊の出る部屋には俺がね、寝るんだ」露木がもつれた舌で叫んだ。
「だ、駄目だ。俺だ、俺だ」時田はなかなかまけてはいなかった。
「なんといっても俺だ。俺はここの家の主人だぞ。みんなの寝る所を決める権利があるんだぞ」
露木と時田は酔ったせいか、まるで子供みたいに意味のないことに争いを始めて、摑み合いでも始めそうになってきた。酔っていない針元子爵は二人の間を調停した。 で、結局、露木が問題の部屋、高根大尉がその隣室、時田と針元とは階下の並んだ二室に、それぞれ寝ることにきまった。
不眠症の針元子爵は酒をのまない代りに、普通人の何倍という分量の催〔ママ〕眠剤をのんで床に
彼等は夜が明けても眠り続けていた。日が高々と上っても眠り続けていた。
最初に眼のさめたのは高根だった。彼はベッドから起上ると、フラフラする頭を叩きながら、窓のカーテンを開けた。そうして、眼をこすって窓外を見ると、直ぐ斜め前に立っている古い大きなぶらんこに妙なものが下っているのを見つけた。彼はもう一度眼をこすった。
ぶらんこに吊下っていたのは、若い富豪の露木だった。
それから大騒ぎが始まった。
3
町から警察署長と警察医の一行が飛んで来た。市からは判検事の一行が駆けつけて来た。今度は乞食の八公がぶら下っていた時のようにはゆかなかった。なぜなら若い富豪の露木には自殺しなければならない理由は爪の先もなかったのである。あり余る金があって、独り身で、若くて
村の人はみんな別荘の初めの持主の、ぶらんこで縊れて死んだたたりだと囁き合った。しかし司法官の頭にはそんな単純な考えは受入られなかった。
生き残った三人は揃いも揃って夜中の出来事については全然知らなかった。ただ、高根大尉は、なんだか自動車のスタートするような音を、夢のように聞いた気がするといった。彼等の乗って来た自動車は直ぐ調べられたが、ちゃんと車庫にはいっていて異状はなかった。附近に
露木の死が仮りに自殺だとすると、彼は乞食の八公がやったように、綱の端をぶらんこの横木に結びつけて、他の端を自分の首に捲きつけて、二階の窓から飛んだものであろう。しかし、もし他殺だとすると、そこにいろいろの矛盾したことが起るのだった。第一、露木の寝ていた部屋は中から厳重に戸締りが出来ていた。犯人のはいり込むような隙は全然なかった。犯人のはいり得る隙は窓だけだった。仮りに犯人が窓から忍び込んだとしても、露木が
高根の聞いたような気がするという自動車の音は怪しいには怪しいことだけれども、それだって、したたかに酔ってグッスリ寝込んでいた人間のいうことであるから、果して事実かどうだか分らないし前に述べた通り、夜中に自動車が来て、再び走り去った形跡は全然ないのだ。なるほど、この別荘は小高い丘にポツンと一軒建っているのだけれども、自動車が他の方面からやって来るためには、いくつかの村落や、人の住んでいる別荘を通り過ぎなければならないから、いかに夜中といっても、誰かその音を聞きつけた者があるはずである。しかし、いかに附近を問い合しても、自動車の走る音などを聞いた者