「旦那、大そうな勢ですね。へッへッへ」
あっ! と普通なら声を挙げる所だが、酒のために精神の朦朧としている土井は、格別大して驚きもせず振返って、一人の男が立っているのを見ると、振り上げたステッキを下して舌を
「やあ、君、好い所へ来てくれたね。一体ここはどこなんだい。君」
「へッへッ」怪しい男は相変らず妙な笑いを続けながら「
「何ね、ちよっとその、何か変った事がないかと思って、歩いていたんだが、いくら歩いても
「お安い御用ですがね、旦那」
彼はそう云って
彼はもう六十近いかと思われる老人だったが、背も高くガッシリした身体で、土井位は
「ねえ、旦那」彼は語り続けるのだった。「旦那は何か変った事が見たいと
「ええっ」
「人殺しを見たくはありませんかね」
彼は二タニ夕と笑いながら土井の顔を見た。
「な、なに、人殺しだって。結構だね、見ましょう。是非見ましょう」
少しずつ酔は覚めかけていたが、それでもまた普段の土井よりは遙かに度胸が坐っていた。それに弱味を見せたくないと云う考えが、幾分働いてもいたので、土井はきっぱり云ったのだった。
「見てくれますか」怪しい男は満面に嬉しそうな
「遠いのかい」
「何、直ぐそこです」
土井は幾分警戒しながら老人について歩きだしたが、再びアルコールを含んだ血液が脳中に流れ込んだと見えて、精確な判断力を失いかけていた。
「人殺しとは素敵だな。これで深夜浅草をうろついた甲斐があると云うものだ」
土井はそんな事を考えて少しずつ愉快になって来た。
「ねえ、旦那」怪しい老人は土井と肩を並べながら話出した。「旦那方はもし女房の奴が間男をしたらどうしますね」
「そ、それは」土井は意外な質問に面喰いながら、「人によるね」
「やっぱしなんですか、お
「さあ、まあ、訴える人もあるだろうが、大抵は訴えないだろうなあ」
「じゃ、矢っ張