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分の過まママちだ。

「信じないなら僕をお縛りなさい」土井は棄て鉢になって云った。「真犯人が出て来るまで、僕は刑務所にいます」

「無論、僕は君を現行犯として捕縛する」

 警部は断乎として云ったが、土井の案外動揺しない態度に、些か不審を感じたので、つけ加えて云った。「云い開きがあるなら、署長なり、検事なりにするさ」

 警部はこう云いながら、土井に捕縄をかけようとした。その時あわただしく、階段を駆け上る靴音がした。

「社会新報社の者です」

 現われたのは短く刈込んだ鬚を生やした、いかにも新聞記者らしい、キビキビした中年の男だった。

「何の用で、ここへ来たのですか」警部は不愉快な表情を表わして云った。

「只今、社へ由利鎌五郎と云う老人が訪ねて来まして、復讐のために或る女性を殺した、自首をして出るつもりではあるが、その前に身の上話しを聞いてくれと、こう云うのです。彼は兇行の現場を委しく語りましたので、果して彼の云う所が正しいか、調査に参ったのです」

「えっ、それは実際の話しですか」警部は驚きながら、「本人は由利に相違ないのですか」

「相違ありません。由利は自分のために迷惑する紳士があるから、救ってくれと申しました。現場に青貝で螺鈿らでんした美しい柄の短刀があったでしょう。それこそ由利が肌身離さず持っていたもので、それで女を一刺しにしたのだそうです」

「うむ、この短刀だ」警部は証拠品として押収してあった、血にまみれた短刀を眺めた。

「その短刀の柄には仕かけがあるそうです。ちょっとお見せ下さいませんか」

 警部は黙って新聞記者に短刀を渡した。

 彼は暫く短刀をいじり廻していたが、やがて大した力も加えず柄を抜いた。とポロリと彼のてのひらに落ちたものがある。それは電燈の光を受けてキラリと輝く大粒の宝玉だった。

「彼の云った通りです。御覧なさい。これは由利が某富豪の所へ押入って、盗んだ宝玉の一つ、最も高価なアレキサンダー石です。まあ、この美しい色彩を御覧なさい。貴族富豪の徒がこう云う崇高な宝玉を喜ぶのは当前です。そうして由利のような盗賊が欲しがるのも無理はありませんね」

 こう喋っているうちに彼の目は爛々と輝いて来て、表情が何となく冷え切った凄味を現わして来た。

「葛城だ!」

 誰云うとなしにそんな囁きが洩れて来た。

 と、あたかも霊感に射られたように、主任警部はハッとして威丈高いたけだかになった。

「葛城春雄! 今度は逃がさぬぞ!」

「ハハハハハハ」彼は哄笑した。「やっと分りましたか、看破られるのは覚悟の前でした。むしろ遅かったと思いますね。私はちょっとこの短刀が見たかったのです。しかし、この女は由利が殺したのである事は問違いありません。由利はこの紳士にいろいろ面倒をかけたので、お礼の印としてこの短刀を紳士に与えたのです。お礼と云うのはつまり柄に秘めてあったこの宝玉の事です。宝石は元の所有主の手に帰りましょうが、その人はこの紳士に相当の謝礼をしなければなりませんよ。では、ここに貴重な証拠品である短刀と、美しい宝石を置きますよ。さようなら、みなさん」

 彼はそう云ううちに少しずつ、後退あとずさりをした。階段の上り口の辺に達すると――彼は上り口の直ぐ