「そうらしいの、あの泥坊〔ママ〕が、銀行から盗んだ卑怯者めと云うと、あの男は蒼くなって黙っちゃったわ」
「そう、それじゃ、女房の事を云わなくて」
「云ったようだわよ。女房の事を考えろとかなんとか」
「じゃ、あたいが云った事なのよ。あの家に私の亭主が銀行の金を盗んで、女と一緒に居りますって」
「じゃ、それを本気にして飛び込んで来たのね」
「そうよ、きっと」
「そうすると、銀行泥坊って云うのは、お前さんの作り事で、まぐれ当りだったのね」
「そうよ、オホホホホ」
「オホホホホ」
畜生! 惣太は烈火の如くなった。畜生、飛び出して恥を搔かしてやろう。だが待てよ、口じゃとてもこの二人には勝てねえぞ、惣太はこう思うと、ちょっと二の足を踏んだ。
「でも、あの泥坊はさっぱりしていて好い男だわ。あたい惚れても好い」
惣太はちょっと首を縮めて舌を出した。
「あたいも満更でもないわ、第一気前がよし」
「そりゃ
「でも、ああ気前好く行くもんじゃないわ。あたい、お前さんの客がさ、お金を持っているに違いないから、誑してやろうと構えていたけれども、
もう我慢がならなかった。惣太は二人の前へ躍り出ようとしたが、まて、金を取り戻してやろう、もう少し様子を見た方が好い、と思い直した。
「とにかく、賭はあたいの負だから出すわよ」
この家の主人らしい方が立って、用箪笥をコトコトさしていたが、やがて百円紙幣を一枚出した。
「有難う。じゃ貰っとくわよ。三百円も未だ持ってるのよ」
女は手提袋から脹れた紙入れを出すと、その中へ百円紙幣を押し込んだ。その時である。
「御用だ、神妙にしろ」惣太は
二人の女はキャッと云って逃げ出した。
惣太はこの言葉がそう利目があるとは思わなかった。第一この頃の警官がこんな旧式な言葉を使うかどうかさえ、知らなかった。ただ講釈で聞き覚えた言葉を応用して見たのだった。
惣太は落ちていた手提袋を拾うと悠々と外へ出た。
「これで 一、二ケ月は楽に暮せるか。だが気早と云う事は考えものだなあ。少し改良しなくちゃいけねえかな」
(「苦楽」大正十五年七月号)