「一時盛んにブルドックを探ねる広告が出たじやないか。莫大な懸賞つきで」
「あゝ、そう〳〵」事件の説明をしていた男はうなずいた。
「然し、あれはN家のブルドックの殺される以前の話で、この事件には関係はないだろうと思う」
「それはどう云う話なんだね」聞〔ママ〕手の一人は促した。
「あれも可也奇怪な事件だつた」語〔ママ〕手は古い記憶をよび起すように瞑目しながら、
「確か高野修吉と云つたと思う、鳥渡した成金で、雑司ケ谷に住んでいたのだが、もう四ヵ月余り前になるかしら、N家のブルドックの殺される鳥渡以前だつたからね、夜十時頃家へ帰る途で、何者かに殺されたのだ」
「あゝ、あの事件か」聞〔ママ〕手はうなずいた。
「その殺される時に、彼はブルドックを繫いで連れていたんだよ。所が、頼み甲斐のない犬だね、主人の屍骸を見捨てゝ、行方不明になつて終つたんだ」
「犯人が盗んだのだろうか」
「そうらしい。警察でもそう云う見込だつた。所が、それから二三日して、ブルドックを尋ねると云う広告が、一万円の懸賞つきで各新聞に一斉に出た。姓名在社になつていたが確かに高野家の犬の事らしい、犬そのものも数万円の価値があるらしいし、犬を尋ね当てれば、殺人犯人の有力な手懸りになるかも知れないのだから、誰も高野家の遺族が出したのだろうと想像して、一万円と云う金高は鳥渡耳目を聳てさしたが其後盛んに新聞に出たけれども、誰も怪しむものはなかつた。所が物好きな記者がいてね、能々高野家へ訪ねて行つたが、驚いた事には同家では一向そんな広告は出した覚えはないと云うのだ」
「じや、誰が出したのだろう」
「警察でも不思議がつて、早速調べたが、とうとう分らず終いだつた」
「じや、高野家の犬と別物だつたんだろうか」
「然しね、特徴から首輪の事まで、高野家の犬そつくりなんだ」
「変だなあ」
「全く変だよ。広告は何でも、終いには屍体でも好いとなつたと思う」
「それじや、N家のブルドックを殺した奴は、身代りにしてその広告主に持ち込む積りだつたのじやないか」