「知らないのかい、有名な話だが」
「うん、時々新聞で見て薄々は知つているんだけれども」
「話してやろうか」自分の家のブルドックを殺されたと云う男が、ブルドックを飼つていたゞけに、事件には最初から興味を持つていたと見えて、得意そうに語り出した。
「三月許り前だね。富豪のN家のブルドックが何者かに銃殺されたんだ。之がまあ最初なんだね。N家のブルドックと云うのは、何でも最近にイギリスから数万円で買つたので、当時新聞にも書き立てられたから、先刻話の出たように、反感を持つた奴が殺したのだろうと云う想像だつた。中には窃盗に這入る予備行為だと云う説もあつたがね。
所がそれから二三日して、今度はK家のブルドックが殺されたのだ。矢張前の時のように短銃で打〔ママ〕殺したのだつた。このブルドックと云うのが矢張、最近イギリスから或る商会が輪入したもので、価はN家のよりは幾分安かつたらしいが、堂々たるものだつた。これで愈々反感説が裏書された訳で、高価なブルドックを飼つていた家は、非常に恐慌を来たしたのだつた。
で、そう云う家では十分注意した訳だつたが、Y家が三回目の災難を蒙つたのだ。尤もこの時は相当警戒をしていたので、番人が犬の唸り声を聞きつけて、馳せつける間に銃声が起つた位で、チラと曲者の姿を見たのだつたが、何分夜中の出来事なので、とうとう見失つて終つた。この時はどう云うものか、首輪が紛失していた。この犬も欠張りイギリスから輸入されたものだつたから、其筋では計画的の犯罪と睨んで、犯人の厳探を始めた。
所が一向に見込みが立たないうちに、あちらでもこちらでも、バタ〳〵ブルドックがやられるようになつた。先刻も話した通り君、Sの所では首を切つて持つて行つた。犯罪がだん〳〵深刻になつた訳だね。で、こうなると、犯人は一人であるかどうか疑わしい。それに始めのうちは主に富豪の家の輸入犬を覘つたのが、終いには日本で生まれたものまで殺し出し、果ては余り上等でない雑種までやつつけるようになつた。現にS君の所のは日本で生まれたのだし、僕の所のは雑種なんだ。こうなると、もう目的も何もない、気狂の所業だね。ざつとこう云う訳だよ」
「不思議な事件だね」熱心に耳を傾けていた相手の男は感嘆しながら、
「で、何かい、殺す一方で盗みはしないのかい」
「ブルドックを盗むと云う事がむずかしい為か、殺す一方なんだ」
「この頃は少し下火になつたが」一人が口を挾んだ。