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 折柄、巨獣の吠えるような音と共に、岩を嚙む怒濤と、恐ろしい疾風はやてが、大地震のように廃屋を揺り動かしたのである。

魂消たまげさせやがった、ひどい嵐だ」向疵の男は話を杜絶とぎらした。

「なに、六年前?」頰傷の男は膝を進めるように聞く。

「うん、六年前の嵐の晩の事なんだ」

「そう云えば、六年前にもこんな嵐があった」頰傷の男は独言ひとりごとのように云う。

「おお、お前さんもあの嵐を覚えているかい。あの頃にゃ、さっきお話の殺されたとか云うお爺さん婆さんは未だ達者よ。その嵐の晩に起った出来事、こいつあ、お前さん知るめいな」

「この家にかい」

「そうだ」

「知らねえ」頰傷の男は吐き出すように云う。

「そうだろう」

「どう云う出来事だか、一つ話して貰いたいな」

「話そうとも、事によったらお前さんの話と何か関係があるかも知れねえ」

 嵐は絶間たえまなく吹きすさんでいる。廃屋の中にしょんぼりと蹲った二怪人の姿は、いよいよ怪しく、薄暗い懐中電燈の反射光に、照らし出されているのだった。向疵の男はおもむろに口を切った。


二、最初の暴風雨の夜

(額に傷痕のある男の話)


 その晚の暴風雨はかなり酷かったと云う事だ。だが、家はこんなに腐っちゃいないし、年寄夫婦も達者でいたのだ。今晩ここにこうして、お前さんと一緒にいる程には気味悪くもなかったろうじゃないか。

 しかし人里から大きな荒野を隔てて、しかも海の上に突出た岬の上の一つ家だ。明けても暮れても、爺さんと婆さんとが鼻を突合していたんじゃ、家の空気はどうあっても陽気になりっこはねえ。たいていの若い者も一足家の中へ踏み込むと、じっと気が滅入ってしまったと云うのも、満更嘘じゃねえ。

 一体、何だって爺さん夫婦がこんな所にすまっているのか、後に思い合せば海のむこうに行ったと云う息子を慕って、こんな海の突端に住んで、毎日海を眺めていたのかも知れないが、それともほかに訳があるのか、俺は知らねえ。だが、とに角、二人でこんな淋しい所に住っていた事は事実なんだ。

 今云った嵐の晚、爺さん夫婦は沖に難破船でもなきゃ好いがと気遣いながら、真夜中までまんじりともしなかったが、果して夜中過ぎ、裏口を叩いて救いを求める声がしたのだった。爺さんが木戸を開けると、雨と風と一緒に、ひょろひょろと這入って来たのが、重そうな袋をかついで、何で怪我をしたのか、額からタラタラ血を流して、半面真紅あけに染った若い男だった。