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だんだん身体を寄せながら、比較的安全な一隅に喘いでいる。

 二人の旅人はこの暴風雨の夜にこの崩れかかった一つ家で偶然落合ったのだ。二人とも厳重に身拵みごしらえをして、日に焼けた赤黒い顔に鋭い眼をギロリと光らして、一癖ありそうな、年の頃はどっちも三十五六だろうか、風雨にさらされた面構えは四十を越したかとも見える。この二人の男をようやく区別の出来る特徴は、天井に向けた懐中電燈の薄暗い反射でようやく認められる通り、一人は額に大きな打疵うちきずらしい痕があり、一人は類にこれは切疵らしい痕がある事だ。暴風雨あらしの夜、海岸の廃屋、顔に傷痕のある二人の旅人、彼等は何の為にこんな所へ来たのだろう。

 額に傷痕のある男が一足先きにここへ来たのだった。それからしばらくして頰に傷痕のある男がやって来た。彼等の向い合った時の驚駭きようがい、探るような眼つき、彼等は申合わせたように右手を着物の胸に突込んだ。そこにはピカピカ光る短刀がお互に秘めてあるのだ。だが、やがて二人は隔意かくいのないように打解けて、暴風雨をかこちながら、世間話を始めたのだった。

「じゃ、何かい、お前さんは三年前の、そうさ、矢張こんな嵐の夜だったが、この家で人殺しのあったのを知らねえと云うのかい」頰に傷痕のある男はギロリと眼を光らす。さっきからの続き話である。

「知らねえ」向疵の男はふんと云ったように受流す。

「そうかい。三年前によ、時候も秋口の丁度今時分だ。こんな嵐の晩だっけ、この家の主の年寄夫婦が絞め殺されたのさ」

「で、殺した奴は捕ったのか」

「いや、捕らねいのだ。現場にゃ、そうさ丁度お前さんの坐っている辺だ」頰傷の男は薄気味の悪い笑を浮べながら、「血がポタポタ垂れていたのさ。夫婦は絞められたのだから、血は出る筈がねえ。殺った奴が何かの拍子に血を出したらしいのだが、その外何の証拠になるものはなし、それにこんな人里離れた一つ家だ。とうとう分らずじまいさ」

「ふん、で、お前さんはそんな気味の悪い所と知りながら、暴風雨の晚に何だってここへ来なすったのだ」

「犯人にいにさ」

「え?」

「人殺しをした奴はきっと現場へ戻って来るものだからねえ」

「だが、お前さんの話だと、その人殺しと云うのは三年前の事だぜ」

「そうさ。三年前の丁度今晩だ。俺は三年目と云い、この暴風雨と云い、屹度きつときゃつは舞戻って来ると思ったのさ」

「そんなものかなあ」額に傷痕のある男はつまらなそう。

「所で、お前さんは一体何用あって、ここへ来なすったんだ」頰傷の問いは鋭い。

「わっしかい。ちったあ訳があるのさ。と云うのは今から六年前、そうさ、.さっきのお前さんの話が三年前だから、それから又三年前やっぱり今頃で、しかも今日のような暴風雨の晚さ。ぷっ――」