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一、暴風雨の夜


 広漠たる荒野の絶端が大洋の上に突出た低い小さな岬、両腹はえぐり取られたようにくぼんで、片腹は僅に狭い荒浜に続いている、その岬の上にポツンと立てられた、今は住む人もない一つ家、漆黒しつこくの天地を荒狂っている嵐の目標はこの家よりない。怒濤は三方から岬に嚙みついて、たださえ瘦せた腹へ穴を開けようとし、風は恐ろしい叫声を挙げて、腐れ落ちそうな壁を一挙にほふろうとする。槍のような雨は半ば崩れた屋根から、喚声と共に闖入ちんにゆうしている。そうしてこの廃屋の中には懐中電燈の一筋の光を頼りに二人の旅人が不安と恐怖に包まれてうずくまっているのだ。

 瀕死とも云うべき廃屋が、この物凄い嵐に抵抗しているのは奇蹟だ (だが、その廃屋の中に、しかもこの嵐の夜に、二人も人間が居るなんて、もっと奇蹟だ!)。柱は腐って壁は哀れな骨をむき出しにしている。床板はほとんど崩れ落ちて、名もない草がその間からスクスク生えている。奥の一間に僅に残った畳はブクブク脹れて、怪物の巣のようだ。屋内は異様な臭気、しめっぽい陰惨な臭が充ち満ちている。それに外には嵐が荒狂うており、雨と共に風は凄じく吹き込んで来る。二人の旅人は雨装束しようぞくのまましやがんでいるのだが、雨と風に追いすくめられて、