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ないのか、こうして生きているよ」

「俺も六年前にお前から海の中へつッ放された時にはもう生命はないと覚悟したが、未だ死にもせず生きているよ」

「あの時はお互に危急存亡ききゆうそんぼうときだ、悪く思わないで呉れ」

「悪く思いやしないさ。あの時は俺が沈んでいなければお前が沈んでいるのだ。仕方がないさ。それよりもお前がここの夫婦から又海へ抛り込まれたとは、気の毒だった」

「何、それも運とあきらめるよりない。それより、俺の為にここの夫婦が気が変になり、三年後にお前に斬りつけるような事になって、とうとう親を手にかけたとは、何とも云いようない気の毒な事だなあ」

「俺もさっきお前の話を聞いた時に初めて、この家の主人とは切っても切れない親子の仲と知ったのだが、俺はほんとうに腹の中は涙で一杯だった。だが、――だが、今はもう何でもねえ、これも因縁とあきらめるさ」

「もっともだ、どんなにか泣きていママだろうなあ」

「な、泣きていさ。だが、その話はもうよして呉れ」

「うん」向疵の男はうなずいて、「それでお前は砂金はどうしたのだ」

「砂金たあ?」頰疵の男は不審顔である。

「お前が夫婦を殺して盗った砂金よ」向疵の男はきっとなった。

 嵐は依然として阿修羅あしゆらのように荒れ狂い、雨は益々激しく降リ込む。廃屋の闇は愈々いよいよ濃い。

「冗談云っちゃいけねえ」頰疵の男もきっとなった。

「俺は前にも云う通り、六年前の出来事は少しも知らねえ。知らねえばかりにとんだ間違いをし出かしたのだ。ここの夫婦が俺の現在の親と云う事は元より、砂金を一袋持っている事なぞは夢にも知らなかったのだ。どうしてそんなものを盗るもんか」

「白ばっくれるねえ」向疵の男は声を荒げた。

「お前は砂金の事をどっかで聞き出し、親とは知らずに嵐の晩に忍び込み、夫婦が抵抗するので絞め殺して、砂金を盗んだのに違いない。お前は冒頭のつけに何と云った、犯人はきっと現場を見に来るに違いないと、へん、いけ図々しい野郎だ」

「何をっ!」相手はかっとなった。「そう云うお前こそ、この嵐の晩に砂金を狙ってやって来たのだな」

「そうよ。狙うも何もねえ、砂金は元々俺のものなのだ。だが、三年前にお前に持って行かれた後とは、飛んだどじだった」

「待てよ」頰疵の男は少し語勢を軟げた。「じゃ、砂金はこの家のどっかにあるのだ」

「なにっ! じゃお前は手をつけなかったんだな」

「疑り深い奴だなあ。俺は砂金の事なんか知るものか。じゃ、何だな、手前が持って逃げた砂金はここにあるのだな」

「そうだ」

「そいつは有難い。早速探すとしよう」