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 周囲まわりの見物はわアと喚声を上げた。それはジムの度胸と機智を賞讃する声と、ジムの横車を非難する声との交錯であった。喚声がやや静まった時に、小柄な男はきっぱりいった。

『切れねえ。』

『え、何だと。』ジムは相手を睨んだ。

『ハートのエースは切れねえって事よ。』

『な、なにを負惜しみをいってやがんだ。賭けは俺の勝だ。』

『待て。』小柄な男は力の籠った声でいった。『ハートのエースはお前のポケットの中にある。』

 小柄な男は、ツとジムの傍に寄って、彼のポケットに手を突込んだと見ると、一枚のカ ードを引出した。それはハートのエースであった。

 周囲まわりの客はあまりの意外な出来事に、互いに顔を見合せるばかりだった。

 ジムはあわてて、今しも真二つにしたカードをふるえる手で一枚々々調べた。ハートのエースはその中になかった。

『うむ。』

 ジムが口惜しそうに唸っている間に、小柄な男は卓子テーブルの上の賭金を摑んで、自分の分はポケットに蔵い、ジムの分の五千弗を友吉に握らせながら、

『さア、これを持って行きなさい。これからはどんな事があっても、賭博ばくちなんかに手を出すんじゃありませんぜ。』

 この時に、周囲まわりの客は堤の堰を切ったように、一斉にドッと賞賛の喚声を張り上げた。

『あ、あなたは一体――』友吉は感激で言葉がよく出なかった。

『なに、私は名もない手品師ですよ。稲妻ジムというのが評判だから、どんな手並かと、 先刻さつき百弗の資本もとを下して一寸当って見たんです。その時にゃ、別にあなたの為にどうするって気はなかったんだが、なにね、大した腕じゃないんで、左手に隠したカードを持って行って、切り出したように見せるだけでさあ。まア、毛唐にしちゃ、業が早い、という位の所ですよ。新しいカードといった所で、帳場にある奴だから、同じのが用意してある訳で、ジムの奴は私が指定するカードを卓子テーブルの下から持って来るつもりの所が、私に見破られたので、切るという言葉から思いついて、剃刃で真二つにして、度胆を抜こうとしたんでさ。』

『カードがジムのポケットから出て来たのは』

『なに、詰らない古風な手品でね、初め「混ぜ合せシヤツフル」する時に、ハートのエースを抜いて置いて、小手先のアヤで、相手のポケットから抜き出したように見せたのでさ。』

『そうですか、僕は又、ジムが胡麻化して隠して置いて、出し損ったのを、あなたが見つけたのかと思って――』

『ハハハハ、周囲まわりの見物はみんなそう思っているでしょうよ。』

 分らないながら、二人の日本語の会話を聞いていた周囲まわりの見物は、又この時、思い出したように、わアと声を上げた。

 オットとステファニの二人は夢中で手を叩いていた。

 小夜子は椅子につっ伏して、肩を激しく震わせていた。