Page:KōgaSaburō-Casino-Heibon-1991.djvu/12

このページは校正済みです

『と、友吉さんじゃない――』

『小夜ちゃん、やっぱり。』

 友吉は大きく息を弾ませて、グッと女を抱き寄せた。


最後の百弗


 真夜中をやや過ぎていた。

 流石さすが賭博場カシノの客は宵に比べると半減していた。

 その一隅で、友吉は稲妻ジムと最後の勝負を争っていた。

 今度は友吉の形相が変っていた。前二回は友吉は勝敗は眼中になかった。只胸中悶々の情をやる為に、勝負を争っていたのに過ぎなかった。五千ドルの金は一文残らずなくなっても悔はなかったのである。

 然し、今は違う。彼は残った千弗足らずの金で、何としても五千弗の金を取戻さなければならないのだ。

 友吉は軽率だった。尤も上海であらん限りの手段を尽して三月も探し廻って、何の手掛りも得られなかったとすれば、諦めるのも無理はなかったが、小夜子は五年以前に上海に来ると間もなく北京に連れて行かれ、そこでその多くの日を送って、上海へはく最近に舞い戻って来たのだった。のみならず、今から三月以前まえに、丁度友吉の上海に来た頃から、彼女は再び北京に赴いていた。ようやく二三日以前に帰ってきたのである。つまり、彼女は上海には極く馴染が薄かったのである。その上に、友吉の探し廻っている間は、彼女は上海にいなかったのだから、全く消息が得られなかった訳であった。

 友吉の眼は血走っていた。彼は懸命に稲妻ジムの手許を見つめていた。もし、イカサマを見つければ、叩き斬って終う意気込みである。従って、ジムも慎重だった。ジムにも友吉の凄い意気は感ぜられるのだ。

 友吉は前の二回の時ほど容易たやすくは負けなかった。三回に一回位は勝ちを占め、一時は多少盛返した事もあった。然し、今は友吉は焦っている。冷静でいても稲妻ジムには勝味はないのだ。彼はジリジリと追込まれて来た。彼は益々焦り出し、あたりのものもよく見えないほど逆上して来た。こうなっては、もう勝負は見えている。

 友吉は最後の百弗を卓子テーブルの上に置いた。

 これを取られればもう一文なしである。再び勝負を争うべき資本もとでがないのだ。これに勝てば又運に乗じて盛り返すことも不可能ではない。然し、これを失えばもう万事休すである。粒々りゆうりゆう辛苦して溜めた五千弗、折角小夜子に会って、それだけの金があれば、十分彼女と手を取って日本に帰れるのに、この百弗を最後に、すべての事は水泡に帰するのだ。

 南無八幡! 苦しい時の神頼みで、心に弓矢の神を念じながら、友吉はカードを引いたが、結果は遂いに負けであった。

 友吉はあたりが急に真暗になったような気がした。が、漸く勇気を取戻して、強いて作り笑いをしながら、席を立とうとした。

 と、静かに彼の肩を押える者があった。

 見上げると、例の小柄な芸人風の日本人だった。友吉は掛け違って会っていないが、向