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『えッ、死んだ。』オットが驚いたように反問した。

『はっきりそう決った訳じゃないんだ。だが、死んだとより思えないんだ。上海に来てから三月の間、必死になって探したけれども、てんで知れないんだ。女のいそうな所は残らず訪ねたし、あらん限りの手段を尽したけれども、何の手掛りもないんだ。』

『上海にいないのじゃないか。』

 オットが慰めるようにいった。

『どこかの土地へ行ったという手掛りがないんだ。もしそうなら誰かが知っていそうなものだが、誰一人知らないんだ。小夜さよちゃんはもうこの世にいない、そんな気がするんだ。』

『その諦めは少し早すぎはしないか。』

『本人がそういうんだからね。』ステファニが口を出した。『三月も尋ねて皆目消息が知れねえと来ると、やっぱり死んだかな。』

『僕ア、誰の為に金を拵えたんだ。』友吉は叫んだ。『誰の為に働いたんだ。五年間、あらゆる慾望を棄て、肉体をさいなみ、他人ひとから爪弾きされ、あらゆる困苦と侮辱に堪え、そうして得たものは何だ。オットさん、僕が五千弗の金を溝の中に叩き込みたくなった訳が分って呉れますか。』

『分らんな、俺にゃ分らん。』ステファニが叫んだ。『どんな好きな女でも死んで終えばそれっきりだ。折角稼ぎ溜めた金を、稲妻ジムに献上する事はない。俺は不賛成だ。』

『俺は少し分るような気がする。』オットがいった。『それが日本人ヤパナーの気持なんだな。金に溺れないというか。はっきりいい現ママわせないが、どこか尊いような気がする。』

『ヘル・オット。』ステファニは呆れたように、『稲妻ジムに五千弗献上するのが尊いというのかい。』

『シニョル・ステファニ、君には分らんよ。』

『確かに俺には分らない。死んだ女の事をいつまで思っていたって、始まらんよ。』

 友吉の昂奮は頂上を越した。彼は夢から醒めた人のように、極り悪そうにあたりを見廻して、『さア、最後の勝負だ。』

 といって、一足二足歩き出した。

 と、その時、入口から五六人の男女の群が雪崩なだれ込んで来た。

 男の方はいずれも外人で、やはり賭博場カシノの客らしい。女の方は踊子ダンサーらしく、中に一人、東洋人が交っている。支那人か日本人か、どうも日本人だ。色の白いきりっと締った明朗そのもののような女性だ。踊子にしては珍らしい、どこかに汚されない美しさがある。


 一二歩踏み出した友吉はそこに棒立ちになっている。彼は踊子ダンサーの一人を凝視しているのだ。信じられないという風に、夢を見ているのではないかという風に、呆然ぼうぜんと眺め続けているのだった。

 日本人らしい踊子ダンサーは蒙々と立罩たちこめる煙草の煙の中から、酔い痴れて大声を張り挙げている客の喧騒の中から、すべて自分を凝視している日本人を認めた。

 瞬間に彼女も棒立ちになった。

 が、やがて彼女は始めはオズオズと、終りにはツカツカと友吉の傍によった。